第134話 ガブリの接近
それから待つこと数分。別室で着替えを終えたラファエが部屋に戻ってきた。
「おおっ」
ラファエの姿を見て、僕は思わず感嘆の声を洩らした。想像以上にピンク色のワンピースが似合っている。日本の街を歩いていたらモデルとしてスカウトされてもおかしくない仕上がりだ。
「素晴らしい。とてもよく似合ってる」
「……全然嬉しくないです」
スーの称賛に、ラファエは今にも泣きそうな顔で答えた。
「それじゃ、次はこれを被って」
そんなラファエに、スーは容赦なく黒髪ロングのカツラを差し出す。
「待ってください!! 百歩譲って服を着替えるのはまだ分かりますけど、それを付ける意味はどこにもありませんよね!?」
「完璧な女装を目指すなら、これを被るのは避けて通れない道」
「そんなの目指してません!!」
「本当は化粧もしてあげたいんだけど、残念ながら化粧道具は持ってきてないから」
じゃあ何故そのカツラは持ってきたんだ。
「今セレナ達がラファエの為にご飯を作ってるし、その恩に報いないと」
「うっ、それを言われると……。分かりました」
ラファエはしぶしぶそのカツラを被る。直後、部屋のドアが開いてアスタが中に入ってきた。
「おう、飯ができたから呼びに来たぜ。冷めない内に早く――」
言葉の途中でアスタが固まる。その目を釘付けにしたのは、ピンク色のワンピースを身に纏い、黒く長い髪を揺らす一人の女の子。するとアスタはその場に膝をつき、その女の子にスッと右手を差し出した。
「好きです。結婚してください」
「……アスタ。それラファエだぞ」
「はあっ!? 嘘だろ!?」
アスタは立ち上がり、ラファエの顔をまじまじと見つめる。
「本当だ、全然気付かなかったぜ。男に告白しちまったのかオレは。でもまあ、男でもいいか……」
「「「…………」」」
「誰かつっこめよオイ!! オレが新たな境地に目覚めたみたいな空気になってんじゃねーか!!」
ごめん、実際目覚めたのかと思ってしまった。
「あの、もういいですよね? これ以上は恥ずかしくて耐えられそうにありません……」
「さっき三十分間って言ったはず。まだ経ってないからダメ」
「十分間って言いませんでした!?」
しかしさすがに気の毒になってきたのか、スーはどこからか男物の服を持ってきて、それに着替えることを許可した。
「よく頑張ったなラファエ」
「……はい」
僕の労いの言葉にラファエは力無く頷く。その後、僕達は食事が用意されたリビングへ向かった。
☆
同時刻。ここは人里から遠く離れた、とある洞穴。そこでは複数人の若い男女が、気を失った状態で無造作に転がっている。
この凄惨な光景を眺めているのは、三人の下級天使。そして――七星天使のガブリだった。
「どれくらい集まった?」
「はっ。現在26人でございます」
ガブリの問いに、下級天使の一人が答える。するとガブリは露骨に苛立ちの表情を浮かべた。
「ガブリ様? いかがなさい――」
「あぁークソが!! やってられっかこんなことぉ!!」
ガブリは近くを転がっていた女性の身体をボールのように蹴飛ばした。突然のガブリの行動に、三人の下級天使に動揺が走る。
「あと500も集めないといけねーってのに、たったの26だぁ? これじゃ全部集まる前にジジイになっちまうぞ……!!」
幻獣の復活に必要な魂を集めるべく人間の生け捕りを決めたガブリだったが、結局キエルやラファエの協力は得られなかったので、数人の下級天使を従えて人間領に降り立ち、一人で人間を集めることにした。下級天使を連れてきたのは捕獲した人間をこの洞穴まで運ばせる為である。
しかしこれはガブリにとって予想以上に難易度の高い作業だった。【魂吸収】の呪文が使えた頃は、適当に対象を痛めつけて呪文を発動させるだけで事足りたが、セアルが死んで【魂吸収】が使えなくなった今となっては話が違う。
対象を殺してしまえば魂が消滅してしまうので、気絶させた状態で対象を捕獲する必要がある。しかしガブリが脆弱な人間を〝気絶させる〟のは針に糸を通すのと同じくらいの繊細さが要求される。七星天使であるガブリと人間とではステータスが違いすぎるので、少しでも力加減を誤れば死に繋がりかねないからだ。
それに加え【魂吸収】で人間の魂を狩っていた頃はセアルが人間の上層部と交渉して隠蔽工作や情報封鎖を行わせていたので大きな騒ぎになることはなかったが、当然人間の生け捕りに関しては隠蔽工作も情報封鎖もない。よって派手に動くこともできず、下手すれば覇王らに勘付かれる可能性もある。
「チッ。やっぱ無理矢理にでもラファエを連れてくるべきだったか……」
ラファエの【睡魔の囁き】のような呪文があればもっとスムーズに人間を捕獲できるだろうが、ガブリはその系統の呪文を所持していない。今後人間の生け捕りを続けたとしても、この効率の悪さが改善することはないだろう。
しかもキエルの話が本当であれば、いくら人間の肉体を集めても幻獣への生贄には利用できないことになり、まったくの骨折り損となってしまう。
「あーやめだやめだ! 人間の生け捕り作戦しゅーりょー!」
そう言い放ち、ガブリは洞穴の外に向けて歩き出した。元々ガブリは気が短く、このようなやり方が長続きしないことは最初から明白だった。
「が、ガブリ様! 我々はどうすれば……?」
「あぁん? お前らにもう用はねーからさっさと帰れ。荷物運びご苦労だったな」
「では、ここにいる人間共は如何様に……?」
「勝手にしろよ。煮るなり焼くなりテメーらの好きに……」
ガブリは言葉を止め、少しの間思案する。
「……いや。やっぱこのまま転がしとけ。手を出したりすんじゃねーぞ」
「はっ!」
無論ガブリは人間達に慈悲を与えたつもりはなく、後々何かに利用できるかもしれないと考えたからである。
洞穴から出たガブリは、背中に天使の翼を生やし、人間領の上空を飛行する。
「幻獣の復活は後回しにして、まずは覇王をぶっ殺すことから始めるとすっか。どのみちアイツは俺自身の手で葬らねーと気が済まねえ……」
ガブリは【月影分身】で生み出した二体の分身を覇王によって二体とも消されたことに並々ならぬ屈辱を抱いていた。しかしまともに正面からぶつかっても覇王に勝てないことはガブリもよく理解している。
「何か策を練らねえとなぁ……ん?」
飛行の途中、ふとガブリは一つの気配を察知した。
「間違いねえ、これはラファエの気配……。あのヘタレも人間領にいんのか?」
ガブリは気配のする方へ向かう。やがてサーシャの別荘を見つけると、そこから数km離れた地点で停止した。
「おそらくあの中か……」