第133話 嘘も方便
「ところでお前、どこから来たんだ? 聞けば真夜中に一人で海辺を徘徊してたそうじゃねーか」
「そ、それは……」
核心を突きかねないアスタの質問に、ラファエは口籠もる。まさか『天空の聖域』とバカ正直に答えるわけにはいかないだろう。かと言って嘘でごまかせるほど口上手には見えない。ここは僕がフォローしてやるとするか。
「昨日、親に勘当されて家出してきたんだってさ。それで行く当てもなく彷徨っていたらしい」
「へー、そりゃ災難だったなぁ」
僕の適当な嘘に皆は納得した様子だった。散々嘘を重ねてきただけあって、何の違和感もなく嘘が口から出てきてしまった。そんな自分に少し呆れたが、嘘も方便だ。
ラファエは僕に目を向けると、感謝の意味か小さく頭を下げた。
「んじゃ、ほとぼりが冷めるまでオレ達といりゃーいい。別にずっといてくれても構わねーけどな」
「……いいんですか?」
「ああ。きっとサーシャもそう言うだろうぜ。ただしオレの彼女達に手を出したら速攻で追い出すけどな」
「ここにはアンタの彼女なんて一人もいないでしょ!」
セレナの容赦のないツッコミに、アスタはガクリと頭を垂れるのであった。
「……この少年が例の放浪者か」
すると大人バージョンのサーシャが部屋に入ってきた。右手には焼きそばが乗った皿を持っている。
「サーシャ、しばらくこいつを預かることにしたんだが、いいよな?」
「……まあ、その話は後だ」
そう言って、サーシャはその皿をラファエに差し出した。
「腹は減ってないか? 昨日の残り物ですまないが」
「い、いえ大丈夫です! 気を遣ってもらわなくても――」
グウと腹が鳴り、ラファエの顔が真っ赤に染まる。
「どうやら腹の虫は正直らしいな。遠慮せずに食べたらどうだ」
「……いただきます」
ラファエは恥ずかしそうに皿を受け取り、焼きそばを口に運ぶ。
「うっ……ううっ……」
直後、ラファエの目からポロポロと涙が落ち始めた。
「おいおいどうした? 泣くほど旨かったのか?」
「……はい。ここ最近、ほとんど何も食べてませんでしたから……」
「は!? マジかそれ!?」
確かによく見ると、ラファエの身体は以前よりもかなり痩せ細っていた。
「ったく、そういうことは早く言えよな。サーシャ、焼きそばの残りは?」
「……すまん、これで最後だ」
「まじか。しょうがねえ、だったら今から作ってやるか!」
「作ってやるかって、アンタ料理ほとんどできないでしょ」
「勿論セレナ達にも手伝ってもらうに決まってんだろ。ほら皆早く来い!」
「勝手に決めて……。ま、アタシもそう言おうとしてたから別にいいけど」
このやりとりを見て、ラファエは困惑の表情を浮かべる。
「い、いいですよそんな、僕なんかの為に……!!」
「遠慮すんなって。オレ達も朝飯まだだし、そのついでと思ってくれりゃーいい」
アスタ達は料理の為、部屋を出て台所の方へ向かった。
「ユート」
僕も手伝おうと後を追おうとしたところ、サーシャが僕を呼び止めた。
「私と来てくれ。話がある」
真剣な面持ちでサーシャは言った。
僕とサーシャは別荘の屋上に出た。まだ夜が明けたばかりで、水平線からの日差しに一瞬目が眩む。
「それで、僕に話って?」
「おおよそ見当はついてるだろう。あのラファエという男についてだ」
「……あいつがどうかしたのか?」
僕はワザと惚けてみたが、サーシャは構わず続ける。
「あの男、人間ではないな」
「……!」
「部屋に入った瞬間に分かった。あの男からは人間とは別次元の気配を感じた。それもかなり強大なものだ」
「……そうなのか。気付かなかった」
「シラを切っても無駄だ。私に感じ取れてお前に感じ取れないはずがないだろう。あの男がただ者ではないことはお前もとっくに気付いているはずだ」
「…………」
「にもかかわらず気付いてないフリをしたということは……。お前、あの男に関して何か隠し事をしているな?」
「……やっぱ、サーシャは欺けないか」
これ以上サーシャに嘘をつくのは無理があるようだ。観念した僕は正直に話すことに決めた。
「ラファエは、七星天使の一人だ」
「……なんだと?」
これには流石のサーシャも予想外だったらしく、驚愕の表情を見せた。
「冗談……というわけではなさそうだな」
「ああ」
「つまりお前は、あの男が七星天使だと知った上でこの別荘に招き入れたというわけか」
「……ああ」
「まさか忘れたわけではあるまいな? 私達が七星天使に何をされたのか……」
サーシャが鋭い目つきで僕を見る。
そう、サーシャは父親の魂を七星天使によって奪われている。僕がやったことはサーシャの心の傷を抉るにも等しい行為だ。責められても仕方がない。
「勿論、分かってる。だけどあいつは……ラファエは違うんだ。ラファエは人々の魂を奪ったりしていない。それどころか自分の仲間達がやったことに責任を感じている。人々の魂が一刻も早く解放されることを望んでいるんだ」
「それが本当だという証拠はあるのか? あの男がセレナ達を手にかけない保証がどこにある?」
「……確かに、そんな保証はない」
サーシャの言うことはもっともだ。だけど――
「だけど信じてくれ。あいつは絶対にそんな真似はしない。もし何か起きた時は、その責任は全て僕が負う」
「…………」
しばらく沈黙が流れた後、サーシャは小さく息をついた。
「お前がそこまで言うのなら、信じよう」
「……恩に着るよ」
その後の話で、サーシャはラファエをしばらく預かることも約束してくれた。
分かっている。覇王の僕が七星天使のあいつに情けをかける義理などないことは。だけど僕にはどうしても、あいつを見捨てることができなかった。
サーシャとの話を終えた僕は、ひとまずラファエの部屋に戻った。
「さあ、早くこれに着替えて」
「無理です!! 絶対に無理です!!」
そこではスーから強引に服を押し付けられるラファエの姿があった。
「……何してんだスー?」
「ラファエの服が汚れてるから、新しい服を着てもらおうと思って」
「……確かに着替えた方がいいとは思うけどさ」
スーが手に持っているのはピンク色のワンピースであり、明らかに女の子が着るようなものだった。ラファエが拒絶するのは当然だろう。
「元々セレナの為に持ってきた服だったけど、断固として着てくれなかったから。そこで良い機会だからラファエに着てもらうことにした」
「どうしてそうなるんですか!!」
セレナっていかにも女の子っぽい服は嫌がりそうだしな。けど何故そこで男のラファエに着せるいう発想に至るんだ。
と言いつつも、実は僕も見てみたいとか思ってたり……。ラファエは比較的中性的な顔立ちだし、案外似合うかもしれない。
「ユートさん!! 黙って見てないでスーさんを止めてください!!」
ラファエが涙目で僕に助けを求めてきた。それに対し、僕は静かに首を横に振る。許せラファエ。
「ほら、ユートも期待してる。十分間だけでいいから早く着替えて」
「絶対に着ません!! こんなの着るくらいなら裸の方がまだ――」
「は・や・く・き・が・え・て」
「……はい」
スーの威圧感に敗北したラファエであった。




