第13話 画期的なアイデア?
「リナよ。予め言っておくが、余はお前を奴隷として扱うつもりはない。余からすればお前も立派な一人の女だ」
「……!」
僕の言葉を受けて、リナの瞳が揺れる。
「だからこれからは余のことをご主人様と呼ぶのも、自分のことを奴隷と言うのもやめるのだ。こうして契約もしたことだしな」
「……はい、ご主人様――あっ」
「ふっ。ま、最初の内は慣れないだろう」
しかしリナを悪魔にするだけではまだ十分とは言えない。リナは可愛いから、この城にいたら他の悪魔達に(色んな意味で)狙われることも大いに考えられる。リナの安全を100%確保するには……。
「では、私はなんとお呼びすればよいでしょうか?」
「ん? そうだな、他の者達はユート様と呼んでいるし、お前が良ければそれで――」
そこで僕の頭に一つのアイデアが舞い降りてきた。あったぞ、絶対に他の悪魔達が手出しできなくなる画期的な方法が! 今日の僕はなんだか冴えてる!
「……どうしたのですか?」
「すまないリナ、呼称の件は保留ということにしておいてくれ」
そうと決まれば早速行動に移そう。まず僕はドアを開け、寝室のすぐ側を見張っていた悪魔にアンリをここに呼ぶようにお願いした。
それから数十分が経過した。やけに遅いなと思いながら寝室で待っていると、ようやくアンリが姿を現した。何故か超スケスケの色っぽいパジャマ姿で。
「大変お待たして申し訳ございませんユート様!! 予想以上に準備に時間が掛かってしまいました!!」
準備? 何の?
「ついにユート様は私の身体をお求めになられたのですね!! このアンリ、この時が来ることを夢にまで見まし――」
「待てアンリ。余はお前が思っているような理由でお前を呼びつけたのではない」
「……へ?」
アンリの目が点になる。
「先程飲み物を運んできてもらったばかりなのに、また来てもらってすまないな」
「……いえ、問題ありません」
明らかに落ち込んだ様子でアンリは言った。
「ところでユート様、その女悪魔はどちら様でしょうか? 城内では見かけない顔ですが……」
アンリの目線がリナの方に移る。ついさっき会ったばかりなんだけどな。外見は同じなのに悪魔になっただけでリナだと分からなくなるなんて、本当に人間は害虫程度にしか見えてないのか……。
だがやはり「元々人間だった悪魔」と「普通の悪魔」を嗅ぎ分けることはいくらアンリでもできないようだな。というか一応僕も前者だったか。
「ユート様がどのような女に手を出そうと私に口を挟む権利などございませんが、正直そろそろ嫉妬してしまいそうです……」
だから違うってば。
「そういえば、先程の人間の女はどうなされたのですか? 姿が見えないようですが」
今度は開きっぱなしのクローゼットにアンリの目線が移る。もはやアンリの中では契約前のリナと契約後のリナは完全に別人になっているようだ。
さて、どう答えようか。普通に帰しました、では覇王っぽくないし……。
「あの女か。あいつは用済みになったから余が丸呑みにして喰ってやったわ」
「本当ですか!?」
「お世辞にも美味いとは言えない味だったがな。まさか余があの人間に情を抱いていたと思っていたのではあるまいな?」
「と、とんでもございません!!」
ちょっと大袈裟すぎた気もするけど、まあいいか。
「それとこの女悪魔に関してだが、この城にいる者全員に報告したいことがある」
「全員に、でございますか?」
「うむ。とても重大な報告だ。だからアンリにはこれより皆を大広間に集めてもらいたいのだ」
「……かしこまりました。すぐに招集をかけてきます」
そして数十分後。城内の悪魔達が大広間に集結し、壇上に僕とリナが立った。なんだかこれから転入生を紹介する教師になった気分だ。
「ユート様の隣りに立っている悪魔って誰だ?」
「さあ、私にも分からない……」
「でも凄く可愛くないか?」
「確かに。私の彼女にしたいくらいだ」
「ふざけるな、私が先だ!」
悪魔達の間からはこんな声が聞こえる。こいつらの反応も転入生を前にした男子高校生みたいになってるな。やはりこのままではリナの身が危ない。だが、こいつらからリナを守る方策は既に考えてある。
「諸君、こんな夜遅くに集まってもらってすまない。既に聞いているかもしれないが、余から皆に重大な報告がある」
悪魔達の声が止み、大広間は一斉に静まり返る。
「余の隣りにいるこの女悪魔が何者か、気になっている者も多いだろう。それを今から皆に明かそう」
僕は一呼吸置いた後、静かに口を開ける。絶対に他の悪魔達が手出しできなくなる画期的な方法、それは……!!
「この者の名はリナ。余の生き別れた――妹だ」
どうよ、この我ながらナイスなアイデア!
一瞬大広間にいる悪魔達が石像のように固まる。そして間もなく激しいどよめきが起き始めた。
「ユート様の妹君だと!?」
「ユート様に妹がいらっしゃったのか!?」
「知らなかった……!!」
そりゃ知らなくて当然だ。だってついさっき考えた設定だし。この衝撃的な報告に皆は驚きを隠せない様子だったが、やはり一番驚いていたのはリナ本人だった。
「あ、あの、私が妹って一体……!?」
「お前は何も心配するな。余に全て任せておけばよい」
僕は小声でリナに言う。
「実は余が本日外出したのは、余の妹を捜すという目的も兼ねていたのだ。そして苦難の末ついに見つけることができた。今の余は歓喜に打ち震えている」
再び悪魔達は静まり返り、僕の方に注目する。リナを僕の妹ということにしておけば、リナに手を出す者は絶対にいなくなる。皆を騙すのは少し気が引けるけど、リナの身を守るにはこれが最善の方法だと考えたのである。妹にする契約呪文でもあれば尚良かったんだけど、残念ながらそういう呪文は持ってないし。これで全てが丸く収まれば――
「ユート様。一つだけよろしいでしょうか?」
すると悪魔達の先頭に立っていたアンリが言った。
「どうしたアンリ?」
「無礼を承知でお尋ねしますが、そのお方がユート様の妹君であると証明できるものなどはございませんでしょうか?」
「……証明?」
「はい。ユート様の妹君でおられるのなら、我々もそれ相応の忠義を尽くすつもりでございます。ですがそれを証明できるものがなければ、中には不審がる者も出てくるのではないかと危惧したのです」
「…………」
僕の額からダラダラと汗が流れる。まさかそんなことを言われるなんて思ってもいなかったからだ。リナが僕の妹というのは真っ赤な嘘なんだから証明なんてしようがない。どうする、なんて答えればいい……!?




