第129話 謎の梅干し屋
それから僕とセレナは町の方に戻り、サーシャの買い物メモに書かれたものを全て買い終え、再び町の大通りを歩いていた。
「ユート、一人で大丈夫? 重いのならアタシも持とうか?」
僕が右手にいくつもの買い物袋を抱えているのを見ながら、セレナが心配そうに声をかけてきた。
「いいよ。こういうのは男が持つって相場が決まってるからな」
それに僕のステータスの前ではこの程度、全く苦にならない。風船を持っているのと同じような感覚だ。
「それより買い出しも終わったことだし、これからどうする?」
「本音を言ったらもっとユートと、で、デートしていたいけど、別荘で皆が待ってるだろうし……」
「だな。それじゃ別荘に戻るか」
「そうね。あと……色々準備もあるし」
か細い声でセレナは言った。おそらくは今夜僕らが行う〝例のこと〟の準備だと思われる。
「あっ、待ってユート!」
「ん? どこか寄りたい店でもあったか?」
「そ、そうじゃなくて……」
何故かセレナは頬を赤らめ、ポケットの中に手を入れる。そこからセレナが取り出したのは、一個の小さな御守りだった。縫い目の大きさが不均等なのを見ると、どうやら手作りのようだ。
「ひょっとしてこれ、セレナが作ったのか?」
「そ、そうよ。詳しくは聞かないけど、アタシ達の知らないところで色々頑張ってるんでしょ? だから、少しでもユートの力になれたらと思って……。み、皆の前で渡すのは恥ずかしいから、今渡しておくわね」
「おおっ……!」
その御守りを受け取った僕は感嘆の声を上げずにはいられなかった。女の子から手作りのものを貰うなんて前世を含めても初めてのことだ。こんなに嬉しいことはない。
「い、いらなかったら別に捨てていいから! むしろ捨ててくれた方がいいわ! さあ捨てて、今すぐ!!」
「じゃあなんで渡した!?」
どうやらよっぽど恥ずかったらしい。僕は小さく息をついた後、その御守りをポケットの中に入れた。
「ど、どうして捨てないのよ! 捨ててって言ったでしょ!?」
「悪いな、この御守りは一生大事にさせてもらう。ありがとうセレナ」
「……ふんっ」
僕から顔を逸らすセレナ。可愛いなぁもう。
だが、この時の僕は知らなかった。この御守りが、後に重要な〝鍵〟となることに。
「……ん?」
それから少し歩いた後、僕はある店の前でふと足を止めた。
「どうしたのユート?」
「いや……」
僕はその店を簡単に観察してみる。築五百年は経ってそうな古びた建物であり、全体からはいかにも怪しげな雰囲気を漂わせている。まさに幽霊屋敷と呼ぶに相応しい。
上の方に目をやってみると、看板に「怪しい梅干し屋」と書かれてあるのが見えた。もう自分で怪しいって言っちゃってるよ。
「うわー、こういう店には入りたくないわね……」
苦々しい顔で呟くセレナ。まあ、それが普通の反応だ。最初は僕もそう思った。
けど、何故だろう。この梅干し屋からは何か惹きつけられるものを感じる。まるで僕を手招きしているような……。気付けば僕の足は、その梅干し屋に向かっていた。
「えっ!? まさかこの店に入る気!? ていうか別荘に帰るんじゃなかったの!?」
「ごめん、ちょっと寄っていくだけ。セレナは外で待ってていいから」
「……もう、勝手なんだから!」
僕は店に入り、セレナはブツブツ言いながらも後に続いた。きっとまた一人にさせることが不安だったのだろう。
「ヒッヒッヒ。いらっしゃいませ……」
店の奥には見た目80歳くらいの婆さんが座っており、不気味な笑顔で僕達を迎えてくれた。魔女というものが実在するのなら、こういう婆さんがいかにも似合いそうだ。
店内はまだ夕方だというのに夜のように薄暗く、案の定僕達以外の客はいない。棚には様々な梅干しが並んでいるが、札に書かれているのは「五日間視力が2倍になる梅干し」や「三日間寝ないで活動できる梅干し」など、いかにも胡散臭いものばかり。
しかも値段は金貨5枚だったり10枚だったりとかなり高めに設定されている。なるほど、ここは紛れもなく「怪しい梅干し屋」だ。
「…………」
セレナはすぐに嫌気が差して店から出て行く――かと思いきや、とある梅干しをとても興味深そうに見つめていた。
「セレナ、何か欲しい梅干しでも見つかったのか?」
「えっ!? う、ううん別に! こんな怪しげな梅干し欲しくなるわけないじゃない!」
「……?」
セレナがやけに動揺していたので、気になってその梅干しを見てみると、札には「女の魅力を30%引き上げる梅干し」と書かれてあった。値段は金貨20枚。
「……これが欲しかったのか」
「だから違うってば!!」
「大丈夫。こんな梅干しを食べなくたって、セレナは……」
「……何?」
「い、いや。何でもない」
セレナは十分魅力的だから、と言おうとしたけど思い留まった。これ以上キザな台詞を吐いたら死んでしまう。
それからも僕は店内の様々な梅干しを見て回る。にしてもこれらの梅干しの効能が本当だったら凄いことだな。この店の婆さんは本当に魔女だったりして。試しに一個くらい買ってみても――うん、やっぱりやめておこう。
「ヒッヒッヒ……」
その婆さんはというと、僕達が店に入ってからというものずっと不気味に笑い続けている。一体何がそんなに面白いのだろうか。
まあ、もう梅干しは十分見たことだし、そろそろ店を出るとするか。そう僕が思い始めていた時だった。
その婆さんが、老人とは思えないほど鋭い眼光で、近くを歩いていた僕にこう言った。
「アンタのお眼鏡に適う梅干しはあったかい? のう――覇王や」
「!!」
その瞬間、雷に打たれたかのような衝撃が僕の全身を駆け巡った。
今の僕の姿を見て覇王だと分かるのは、七星天使を含めてもリナ、サーシャ、キエル、ガブリの四人だけのはず。何故見ず知らずの婆さんが僕の正体を知っている……!?
「婆さん、一体何者だ……!?」
「ヒッヒッヒ……」
婆さんは不気味に笑うだけで何も答えようとしない。
呪文が発動した気配はない。そもそもこんなヨボヨボの婆さんに呪文を発動する気力があるとは到底思えない。まさか梅干しの力か? いやそんな馬鹿な……!