第125話 彷徨うラファエ
しばらく沈黙が流れた後、サーシャは不敵に笑ってみせた。
「どうやら皆の目はごまかせても、お前の目はごまかせないようだな……」
それはサーシャが何か隠していることを認めた証だった。
「悪いが今はその問いに答えるつもりはない。一つだけ言えることは、私はあくまで人間の味方だということだ」
「……そうか」
概ね予想通りの返答だった。僕もそう易々と正体を明かしてくれるとは思ってなかったので、これ以上は追究しないことにした。
それにサーシャが人間の味方であることは確かだ。それはここにいる子供達の笑顔を見れば伝わってくる。だったら今はそれで十分だ。
「ところで私達は明後日まであの別荘に滞在する予定だが、お前とリナはどうする?」
話題を変える為か、サーシャがこんなことを聞いてきた。
「もし良ければ、お前達も泊まっていったらどうだ?」
「……いいのか?」
「ああ。二人くらい増えてもどうということはない」
「……なら、お言葉に甘えようかな」
リナも覇王城に閉じこもってるよりはセレナ達といる方が楽しいだろうし、ユナ達には一応「二、三日すれば戻ってくる」と伝えてきたので、三日くらいなら問題ないだろう。何かあれば念話で連絡してくるはずだ。
「その代わり、今夜こそセレナを抱いてやれよ」
「ぶふっ!?」
いきなりの発言だったので、僕は思わず噴き出してしまった。
「この間は結局手を出さなかったのだろう? 今回は覗いたりしないから安心しろ」
「な、なんというか、あの時は雰囲気に流されたというか……。改めてそういうことをするとなると、どうしても……」
「ごちゃごちゃ言うな。女の一人や二人抱かずして何が覇王だ。それに女にとって好きな男から求められないというのは辛いものだ」
「せ、セレナもそうなのか……?」
「無論だろう。ま、私は六歳だからまだまだ縁のない話だがな」
つくづく六歳とは思えない物言いだ。
「ユート、サーシャ、そんな所で何してるのー? 早く来ないとスイカなくなっちゃうわよー!」
スイカを片手に持ちながら、僕達に大きく手を振るセレナ。僕達がこんな会話を繰り広げてるなんて夢にも思っていないだろう。
「ああ、今行く!」
「いいなユート? 今夜こそ絶対に――」
「しつこい!!」
僕はサーシャから逃げるように、セレナ達の所に戻ったのであった。
夕方になり、だんだん身体も冷えてきたので、本日の海水浴はお開きとなった。子供達はまだ遊び足りない様子だったが、風邪を引いたら大変だとサーシャが言い聞かせ、全員しぶしぶ別荘へ帰っていった。
そして僕達は今、別荘のリビングで晩ご飯の用意に取り掛かっていた。もちろん僕とリナも手伝っている。今回作るのは焼きそばらしい。どこの世界でも海水浴の定番が焼きそばというのは変わらないようだ。
「そう言えば飲み物がなくなりかけていたな。買いに行かなければ……」
「なら僕が買いに行こうか?」
僕は準備の手を止めてサーシャに申し出た。
「いいのか?」
「ああ。どうせ僕がリビングにいても大して貢献できなさそうだしな。他に必要なものがあればついでに買ってくるよ」
「そうか。助かる」
それから僕は買い物メモと銀貨数枚をサーシャから受け取った。覇王の僕が買い出しを請け負うというのも滑稽な話だな。アンリ達が知ったら卒倒しそうだ。
「そうだ、セレナもユートの買い出しに付いていったらどうだ?」
「あ、アタシも!?」
サーシャの思いがけない提案に声を上げるセレナ。
「一人よりも二人の方がいいだろう。ユートも構わないよな?」
「そりゃ、まあ」
しかし買い出しくらい僕一人で事足りるだろうに、何故セレナにも声をかけたのだろうか。と言っても何を企んでるのか大体想像はつくけども。
「で、でも、まだ料理の途中だし……」
「焼きそばくらいセレナがいなくても私達だけでなんとかなる。ついでにユートとデートでもしてきたらいい」
「でででで、デート!?」
セレナの顔が紅潮する。やっぱりそれが狙いか。
「恋人になったのに一度もデートをしたことがないというのは問題だろう。もうすぐ日が暮れそうではあるが、楽しんできたらいい。ただしあまり遅くならないようにな」
「……そ、そうね。じゃあ、お言葉に甘えようかな……」
するとサーシャが僕の耳元に顔を近付けてきた。
「さあユート、お膳立てはしてやったぞ。デートで良い雰囲気になったところで、それとなく夜のお誘いをするんだ。いいな?」
「……本当にお節介が好きだな」
そもそも今夜そういうことをすると決めたわけじゃない。いやまあ、セレナさえ良ければ僕はいつでも大丈夫なんだけど――って何を考えてるんだ僕は。
「セレナ。買い出しに行く前にちょっとこっちに来て」
「え? どうしたのスー?」
「いいから」
スーに袖を引っ張られ、リビングから出て行くセレナ。僕がそれを見て首を傾げていると、アスタが凄い形相で僕を睨んでいることに気付いた。
「おいユート……買い出しのフリしてセレナを怪しげなホテルに連れ込んだりしたら許さねーからな……!!」
「するかそんなこと!!」
「お、お兄様。差し出がましいかもしれませんが、そのようなことは、し、深夜になってからの方がいいと思います」
「…………」
言葉を失う僕であった。
☆
同時刻。ユート達がいる別荘から5kmほど離れた森の中、まるで精気を吸い取られたような顔でフラフラと歩く、一人の少年の姿があった。
「……あれ……?」
少年はふと我に返り、ゆっくりと周囲を見渡す。その正体は七星天使の一人、ラファエだった。
「僕……なんでこんな所にいるんだっけ……」
ガブリから人間の生け捕りを命じられ、それが聞き入れられなかったラファエは無我夢中で城から飛び出し、気が付けばこの人間領に来ていた。何故こんな森の中にいるのか、今のラファエには記憶を辿る気力すらなかった。
「お腹……空いたなあ……」
グウ、とラファエの腹が鳴る。ラファエはセアル達を失った精神的ショックで、ここのところまともに食事も摂っていなかった。
しかし食べ物を買いたくても、何の準備もせずに飛び出してきたため、ラファエの所持金はゼロ。かと言って『天空の聖域』に戻ってガブリに見つかれば、人間の生け捕りを命じられてしまう。今のラファエは、どこにも居場所がない状態だった。
「何してるんだろうなあ……僕……」
ラファエは行く当てもなく、ただずっと森の中を彷徨い続けた。