第124話 スイカ割り
「心配しないでユート。アタシが的確な指示を出してあげるから!」
「わ、私も、微力ながらサポートさせていただきます!」
「……ありがとう、二人とも」
セレナとリナの心遣いに僕は胸が熱くなった。
「くくっ、本当にいいのかユート? かつて〝スイカに愛された男〟と呼ばれたオレに勝てると――」
「それはもういい。先攻後攻を決めるぞ」
コイントスの結果、僕が先攻になった。どうやら運は僕に味方したようだ。先にスイカを割った方が勝ちというルール上、必然的に先攻が有利となるからだ。できれば最初の一回で勝負を決めたいところである。
砂浜に置かれた一個のスイカ。そこから約5m離れた所に、目隠しをした状態で棒を持った僕が立つ。
そしてスーによって身体を十回グルグルと回された後、スイカ割りがスタートした。とりあえず僕は直感を頼りにして足を進めてみる。
「お兄様、もう少し左です!」
「違うわユート! 右よ右!」
「惑わされんなユート! 斜め後ろに進め!」
視界を封じられた中、セレナ、リナ、アスタの声がそれぞれ聞こえてくる。同時に僕の脳内にクエスチョンマークが出現した。
まずアスタが嘘をついているのは確定として、セレナとリナの指示が食い違っているのはどういうことだ? 二人の内どちらかが嘘の指示を出していることになるが、どちらも嘘をつく理由はないはずだ。
「ちょっとリナ、嘘ついたらダメじゃない! ユートが混乱しちゃうでしょ!?」
「えっ!? わ、私は嘘なんてついてないです! むしろセレナさんが――」
「ユート、私の言葉だけを信じて! いいわね!?」
僕は考える。リナが嘘をついているとは思えないけど、セレナにとってこの勝負は(一応)己の命運が懸かってる。セレナが本当に僕のことを想ってくれているなら、ここで嘘をつくはずがない。
リナには悪いけど、ここはセレナの言葉を信じよう。きっとリナはスイカ割りのルールがよく分かっていないのだろう。海に来たのが初めてなら、スイカ割り自体知らない可能性は十分にある。そう僕は脳内で補完した。
「いいわよユート! そのまま真っ直ぐ進んで!」
「せ、セレナさん!? どんどんスイカから遠ざかってますよ!?」
「リナは黙ってて! ユート、私の声以外聞いちゃダメよ!」
信じて……いいんだよな? なんか不安になってきた。
「あと少しよユート! でもちょっとだけ腰を落として! アタシが合図を出すまで絶対に棒は振っちゃダメだから!」
えっ、なんで腰を落とす必要があるんだ? スイカを割るのに腰の高さは関係ないよな? 僕は訳の分からないまま、とりあえず腰を落として前進する。
「そう! あとはただ真っ直ぐ歩くだけでいいわ!」
「ま、待ってください! このままだとセレナさんに――あっ」
ポヨン。
リナの声が途切れた直後、マシュマロのように柔らかい感触が僕の顔面を覆った。その摩擦で目隠しが外れ、僕の目に胸の谷間がドアップで映った。
「……計画通り」
スーの呟きで僕は確信を得た。スーは【憑依】によってセレナの意識を乗っ取り、嘘の指示を出してこうなるように誘導していたことを。僕はスーの策略に踊らされていたのであった。
恐る恐る顔を上げてみる。既に【憑依】は解除された後らしく、そこには今にも沸騰しようなセレナの顔があった。
「す……すごく柔らかいスイカだな……はは……」
「いやあああああああああああああああーーーーーーーーーー!!」
「ぐはっ!?」
セレナのパンチが僕の顎にヒット。僕の身体は宙を舞った後、真っ逆さまに落ちてスイカに直撃。スイカはパカッと半分に割れたのであった。
☆
「そうか。七星天使のセアルとイエグは葬ったものの、人々の魂の奪還には失敗、という結果か……」
アスタとの不毛な対決を制した後のこと。僕とサーシャは皆から少し離れた場所に移動し、十日前に『天空の聖域』で起きたことを話した。無論、場所を変えたのは皆に会話を聞かれないようにする為である。
「なるほどな。人々の魂が奪われる事件が収束したにもかかわらず、奪われた魂が未だに還ってきていないのは、そういうことか……」
「……ごめん」
「ん? 何故謝る?」
「僕は奪われた魂を絶対に取り戻すと心に決めて、四滅魔と共に七星天使との戦いに臨んだ。でも……」
無意識に拳に力が入る。
「本当なら今頃は、サーシャやセレナ、ここにいる子供達は、大切な人との再会を果たしていたはずなんだ。なのに……!!」
僕は自分が許せなかった。こんな規格外のステータスと強力な呪文を与えられておきながら、本当に救いたいものを救えなかった自分が。
「……それでここ最近、私達に顔を合わせづらかったわけか」
僕は無言で頷く。するとサーシャは小さく吐息を洩らした。
「確かに残念なことではあるが、お前が責任を感じる必要はないだろう。それどころかお前は元凶のセアルを葬ったんだ。これ以上人々の魂が奪われなくなったというだけでも功績は甚大だ。讃えられることはあっても、責められることはないはずだ」
「……そう言ってくれると嬉しいよ」
サーシャの言葉のおかげで僕の心は少しばかり軽くなった。だが当然このまま引き下がるつもりは毛頭ない。いずれこの手で必ず人々の魂を取り戻してみせる……!!
「ところで、だ。お前の正体はセレナ達にはまだ内緒にしておくつもりか?」
「……できればその方がいいな」
楽しそうに騒ぎながらスイカを食べているセレナ達を、僕は目を細くして見つめる。
「僕って本来は人の上に立つような柄じゃないからさ。だから皆がこうして対等に接してくれることが、僕には凄く嬉しいんだ。もし僕が覇王だと知られたら、今の関係は確実に保てなくなる……」
「変わった男だな。権力を手にしているなら誇示したくなるのが普通だろうに」
「僕の場合は違うんだよ」
今日みたいに馬鹿げた勝負を挑まれたり、訳の分からない策略に踊らされたり、顎を殴られたりなんてことは、覇王である間は絶対に体験できないことだ。僕にとってはこれくらいの環境が肌に合っている。
「もっとも、僕の正体を知った上で対等に接してくる六歳児もいたりするけどな」
「ほう? それはどんな奴か非常に気になるな」
とぼけたようにサーシャは言った。
「それに、正体を隠してるのは僕だけじゃないしな」
そう言って、僕はサーシャの方に目を向ける。
「……何が言いたい? 私に人間と天使の血が流れていることは前に話したはずだが」
「シラを切っても無駄だ。サーシャの六歳児とは思えないほどの知能、そして所持呪文の数は明らかに常軌を逸脱している。〝人間と天使の間に生まれたから〟では説明できないほどにな」
「…………」
「あんた、一体何者だ?」
核心に迫るべく、僕はサーシャに問いかけた。




