第121話 ツンデレ
「ったく……どうして騙してまで僕達をここに連れてきたんだよ」
僕は身体に付いた砂を手で軽く払いつつ、サーシャに尋ねる。
「そんなもの、この広大な海を見れば自ずと答えは出てくるだろう」
「……まさかとは思うけど、海水浴とか言うんじゃないだろうな?」
「ご名答。人々の魂も奪われなくなって、ようやく子供達をアジトの外に出せるようになったからな。せっかくだし皆で海に行こうという話になった。で、ついでにお前とリナも誘ってやったというわけだ。こうでもしないとお前達は来てくれないと思ってな」
僕は脱力のあまり腰が抜けそうになった。こっちは七星天使が現れたと思って覚悟を決めて来たというのに……。
「あのなあ、僕がどんな立場にあるか知ってるだろ? そんな友達を誘うようなノリで誘われても困るんだけど」
「そう言うな。覇王にも安息の時間は必要だろう。少しくらい遊んでもバチは当たらないはずだ」
安息、か。確かにここ最近ずっと根を詰めた状態が続いてたし、たまには羽を伸ばすのもいいかもしれない。
「セレナさん達もここに来てるんですか?」
「勿論だ。今はあの別荘にいるぞ」
サーシャが指差した先には、いかにも大富豪が所有してそうな三階建ての豪華な別荘が堂々と建っていた。
「よくあんなものが手に入ったな……」
「やり口はアジトの時と同じだ。所有者の弱味を握って脅し――コホン。所有者と穏便に話し合って譲ってもらったんだ」
「……全然ごまかせてないぞ」
相変わらずのサーシャに僕はほとほと呆れたのであった。
「あっ、そうでした。お菓子を持ってきたんですけど、サーシャさん食べますか?」
リナは鞄の中からビスケットを取り出し、サーシャに差し出した。
「甘く見られたものだな。いくら私が六歳とはいえ、お菓子程度で喜ぶと思ったら大間違いだぞ」
そう言いつつ、サーシャはビスケットを受け取って美味しそうに頬張った。たまーに子供っぽい一面を見せてくるから困る。
「しかしお前もお前だぞユート。自分の彼女を十日間も放置するとはどういうことだ」
「うっ……」
サーシャに睨まれ、僕は息の詰まる感覚に襲われる。
「普通の人間ならともかく、お前には【瞬間移動】があるのだからいつでも会いに来られたはずだ。この十日間、セレナがどれだけ寂しい思いをしていたことか」
「は、覇王という立場上、そう簡単に城から出るわけにはいかないんだよ。それに……」
口籠もる僕を見て、サーシャは小さく息をついた。
「何か理由があるようだな。だいたい察しはつくが……」
そう言いながらサーシャは背中を向け、【急成長】の呪文で大人の姿になった。
「ま、その話は後だ。まずは皆に元気な姿を見せてやってくれ。お前達が来ることは既に伝えてある」
「……確実に来ることが分かってたような口ぶりだな。例によって【未来予知】で視えていたのか?」
「どうだろうな」
意味深な笑みを見せるサーシャ。それから僕達は別荘に向けて歩き出した。
「あっ、リナお姉ちゃんだ!」
「リナお姉ちゃーん!」
僕達が到着するより先に、子供達が別荘から出てきて元気に走ってくるのが見えた。そして全員がリナの周りに集まる。
「おかえりリナお姉ちゃん!」
「ふふっ、ただいまです。皆さん良い子にしてましたか?」
「うん! またリナお姉ちゃんに会えて嬉しい!」
あれ? おかしいな、どうしてリナばっかり? すると子供達が不思議そうな表情で僕を見ていることに気付いた。
「おじちゃん、だぁれ?」
ガーーーーーン!! 僕のこと完全に忘れてるよ!! あと見た目的におじちゃんっておかしいだろ!!
「ユートだよユート!! この前一緒に遊んだりしただろ!! 本当に覚えてないのか!?」
「この人知ってる?」
「知らなーい」
僕の精神HPがゴリゴリ削られていくのが分かる。いよいよ泣きそうになっていると、子供達は悪戯っぽく笑ってみせた。
「えへへ。冗談だよユートお兄ちゃん」
「サーシャがね、ユートお兄ちゃんと会っても覚えてないフリをしろって言ってたの」
「びっくりしたでしょ?」
「……は?」
明後日の方を向いて口笛を吹くサーシャ。こいつ後で殴ろう。
「ユートお兄ちゃんもおかえり!」
「っと!」
幼年幼女達が僕の身体に抱き付いてくる。事案が発生しそうな光景だけど、皆から抱き付いてきたのだからしょうがない。
「ようユート! 元気にしてたか?」
聞き覚えのある声の方に目をやると、アスタ、スー、そしてセレナの三人が歩いてくるのが見えた。
「ユート……!」
セレナは僕と目が合うや否や、頬を緩ませながら僕に向かって駆けてくる。子供達は空気を読んでくれたのか、次々と僕の身体から離れていく。
僕の前で足を止めるセレナ。するとハッと我に返った表情をしたかと思えば、プイッと顔を逸らした。
「な、何しに来たの? アタシは別にユートに来てほしいとか思ってなかったんだけど」
あれ、なんか怒ってる? やっぱりこの前別れ際に強引にキスしたのがマズかったのだろうか。
「安心してユート。こんなこと言ってるけど、本当は嬉しくて嬉しくて仕方ないって感じだから。つまりただのツンデレ」
「ちょっとスー!? 勝手に人の心を読むのやめてよ!!」
図星だったらしく、顔を真っ赤にするセレナ。僕はホッと胸を撫で下ろしつつ、セレナの身体を自分の方に優しく引き寄せた。
「ごめん、セレナ。寂しい思いをさせたみたいで」
「……本当よ、バカ」
子供達から「ヒューヒュー!」という歓声が上がる。こうなる予想はしてたけど、僕は抱き締めずにはいられなかった。
「くっ……見せつけてくれんじゃねえか……!!」
「アスタ、気持ちは分かるけど落ち着いて」
今にも電撃をプッ放しそうなアスタをスーが宥める。
やがてどちらからともなく僕らは身体を離す。それからセレナは僅かに顔を上げ、そっと目を閉じた。そんなセレナに僕はゆっくりと顔を近付け、そして――
「〝雷撃弾〟おおおおお!!」
「うおっ!?」
「きゃあっ!?」
とうとう我慢できなくなったのか、唇が触れ合う直前にアスタが雷撃弾を放った。僕は反射的に後方に跳んでそれをかわす。
「マジふざけんなよお前ら!! 人前で堂々とイチャイチャしやがって!! それともオレに対する嫌がらせか!? あぁ!?」
癇癪を起こすアスタであったが、間もなくその目からはポロポロと涙が落ち始めた。
「オレだって……オレだっていつか必ず……可愛い彼女をゲットしてみせるからなあああああああああーーーーー!!」
アスタは泣き叫びながらどこかへ走り去っていった。
「……アスタも相変わらず元気そうだな」
「……そうね」
苦笑いを浮かべる僕とセレナであった。