第117話 初夜……?
人間領、サーシャのアジトにて。その部屋の一つでは、今にも〝ある営み〟が行われようとしていた。
「ユート…………だめっ…………」
そこはセレナの部屋。暗闇の中、目に涙を浮かべ、声を震わせるセレナ。セレナは今まさにユートによってベッドに押し倒されていた。
「ごめん、セレナ。僕はもう、我慢の限界なんだ」
「やっ……」
ユートは容赦なくセレナの服を脱がしていく。終いにはピンクの下着までも脱がされてしまい、セレナの全てが露わになった。
「……っ」
抵抗しようと思えばできたが、セレナはそれを一切しなかった。セレナはユートから求められることに、女としての悦びを感じていた。
「あっ…………んんっ…………!!」
互いの存在を確かめるように、身体を重ね合う二人。幾度となく響くセレナの喘ぎ声。やがて二人は、心も身体も一つになり――
「……はっ!?」
そこでセレナは目が覚め、勢いよく上体を起こした。カーテンの隙間からは日の光が差し込んでいる。当然そこにユートの姿はない。
「ゆ……夢……?」
ガクッと頭を垂れるセレナ。そして思い出したかのようにセレナの顔が紅潮していく。
「なんでアタシ、あんな夢を……」
恥ずかしさのあまりセレナは両手を顔に当てる。なんだか自分がとても不埒な女に思えてならなかった。一方で、どうせなら最後まで……という邪な気持ちも否定できず、セレナはただただ悶えた。
「おはようセレナ」
その声でようやくセレナは、ベッドの傍の椅子にスーが腰を下ろしていることに気付いた。セレナは気持ちを落ち着かせるように小さく咳払いをする。
「お、おはようスー。って、なんでスーがアタシの部屋にいるの?」
「なかなかセレナが起きてこないから、様子を見に来たの」
「……そう。ありがと」
「ところで寝てる間とても幸せに満ちた顔をしてたけど、何か良い夢でも見た?」
「んなっ!?」
セレナの身体が一センチほど飛び上がる。
「べ、別に!? 何か夢を見てた気もするけど、目が覚めると同時に忘れちゃったわ!」
もちろん忘れてなどいなかったが、とても誰かに話せるような夢ではなかった。
「ユートに襲われる夢でも見た?」
「んなあっ!?」
セレナの身体が十センチほど飛び上がる。
「ななな、なんでそんなこと分かっ――あっ!? まさかさっきの夢ってスーの仕業!?」
セレナの問いに、スーはニヤリと笑ってみせた。
「私の【憑依】の力をもってすれば、当人に好きな夢を見せることだって可能」
「なんでそんなことしたの!?」
「セレナ、最近ユートに会えなくて欲求不満みたいだったから、せめて夢の中だけでも解消させてあげようと思って」
「だ、誰もそんなこと頼んでないでしょ!?」
「……欲求不満なのは否定しないんだ」
「うっ。それは……」
何も言い返せず、口籠もるセレナ。ユートに会えず寂しい思いをしていたのは確かだったからだ。
「お望みとあらば、これから毎朝さっきのような夢を見せてあげるけど、どうする?」
「お願いします――って何言わせんのよもう!!」
「ふむ。これは由々しき問題だな……」
そんなセレナとスーの他愛もない会話を、サーシャはドア越しにこっそり聞いていた。
「ま、好きな男に会いたくても会えないという状況は、まだ恋を覚えたばかりの乙女には辛かろう。ここは六歳の私が一肌脱いでやるとするか……」
☆
七星天使との戦いから十日が経過した。今僕は覇王城の大広間において、玉座に堂々と腰を下ろす通常業務に戻っていた。目の前には相変わらずアンリが膝をついている。
結局、七星天使との戦いで得られた戦果はセアルとイエグの命を奪ったことのみ。こちらに被害が出なかったのは幸いだったが、一番の目的だった『魂の壺』の破壊に失敗したのが何より痛い。セアルが『魂の壺』を隠すことを想定していなかった僕のミスだ。
そして僕は、これからどうすべきかを思案していた。現在覇王軍の悪魔達に人間領を偵察させているが、今のところ特に目立った報告は受けていない。セアルが死んだ今、七星天使によって人間の魂が奪われる心配は完全になくなったと言っていいだろう。
それに順当に考えれば、今は第二席のキエルさんが七星天使のリーダーになっているはず。あのキエルさんがセアルのような強硬手段に出るとは思えない。しかしあくまで順当に考えればの話……決して油断はできない。
一番の問題はやはり、奪われた人々の魂が未だに還ってきていないことだろう。キエルさんかラファエが『魂の壺』を破壊してくれることも期待したが、十日経った今でも人々の魂が戻ってきたという報告は受けていない。ということはキエルさん達もセアルが隠した『魂の壺』の所在を掴めていないか、それとも……。
もちろん僕自らの手で『魂の壺』を破壊するのが一番だが、それが今どこにあるのか僕には分からない。悪魔達を『天空の聖域』まで捜索に行かせたくても、あの空間の影響を考えるとそれは不可能。
そもそも抗争を終えたばかりの状況で敵地に赴くのはかなりの危険が伴うし、僕や四滅魔も易々とは動けない。となると、今はあちらの出方を伺うのが得策だろう。
「ユート様、如何なさいました? 何やら深くお悩みになられているようですが……」
すると石像のように沈黙を保っていたアンリが心配そうに声をかけてきた。どうやら考え事が顔に出てしまっていたようだ。
「案ずるな。今日の昼食を何にするか考えていただけだ」
「あっ、そうだったのですね。失礼致しました」
我ながら適当な言い訳だな。アンリも相変わらず疑うことをしないし。
「ところでアンリよ。いつもそうやって膝をついているだけでは退屈だろう。たまには外に出て羽を伸ばしてきたらどうだ?」
この台詞は何度目だろうなと思いながら、僕はアンリに提案してみる。
「いえ、私はその、ユート様のお側に居られることが何よりの幸せですので……」
頬をほんのり赤く染めながらアンリは言った。やっぱりそう答えるよね。僕としてはアンリのような可愛い子にそう言われるのは素直に嬉しいし、別に構わないんだけども。
「と、ところでユート様。以前おっしゃっていた、私の望みを何でも叶えてくださるという件についてなのですが……」
ぎこちない挙動でアンリが言う。まさかまだ覚えていたとは。一回先延ばしにしてからだいぶ経ったし、もう忘れてるものとばかり思っていた。
「こ、今夜こそは、ユート様のお部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか? は、初めての経験ですので、至らぬ点は多々あるかと思いますが、ユート様にご満足いただけるよう全力を尽くしたいと……」
僕に処女を捧げる気まんまんだ。さて、どうしたものか……。