第115話 新たなリーダー
「いやあ、久々に帰ってきたら『七星の光城』が瓦礫の山と化してたもんだからビックリしたぜ。んで、ここが俺達の新しい拠点ってわけか。随分と慎ましやかな城になっちまったなぁ」
いつものテンションで城に入ってきたガブリを、キエルは静かに睨みつける。
「よくもおめおめと姿を現せたものだなガブリ。俺達が覇王らと戦っている間、どこで何をしていた?」
「あぁん? 何ってセアルの命令に従って地上で人間共の魂を集めてたんだろーが! 呑気にバイトやってた誰かさんと違って俺は真面目だからなぁ!」
開き直ったようにガブリは言い放つ。
「そうそう聞いたぜ、セアルとイエグが死んだんだってなぁ。まったく惜しい奴らを亡くしたもんだぜ。それじゃこれから盛大に告別式でもやるかぁ? 弔辞の内容も考えないといけねーなぁ!」
二人の死に全く心を痛めていない様子のガブリに、キエルとラファエは無言で冷たい視線を向ける。
「……けっ、冗談だよ冗談。相変わらずノリの悪い奴らだぜ」
つまらなそうな顔でガブリは言った。
「しっかし女が二人死んだから野郎率が高くなっちまったなぁ。で、紅一点のミカちゃんはどこにいるんだ?」
「……ミカなら部屋で休んでいる。体調に問題があるわけではないが、ミカの身体のことを考えるとあまり無理はさせられない」
「そうかそうか。身体は資本って言うからなぁ。んじゃ、今いる三人で決めるとすっか」
「き、決めるって何をですか?」
「あぁん? んなもん七星天使のリーダーに決まってんだろ。なんせ今までリーダーだったセアルが死んじまったんだからなぁ。皆を取り仕切る奴は決めておくに越したことはねーだろ?」
ガブリがそう言い、ラファエはキエルの方に目を向ける。
「順当にいけば、第二席のキエルさんがリーダーになると思いますが……」
「いやいや別に席次が上の奴がリーダーになると決まってるわけじゃねーだろ。つーかよぉ、今までロクに七星天使としての務めを果たしてこなかったキエルにリーダーになる資格があるとは到底思えねーけどなぁ!」
「……そうだな」
「き、キエルさん!?」
ガブリの言い分を否定しなかったキエルに、ラファエは驚きを見せる。
「かと言ってラファエはとてもじゃないがリーダーなんて器じゃねえ。それは本人が一番よく分かってるだろぉ?」
「それは……」
何も言い返せず、ラファエは口籠もる。
「身体の弱いミカにリーダーを任せるわけねえし、となると……おやおやっ!? 消去法で考えても適任は俺しかいねーってことになるじゃねーか!」
ワザとらしくガブリは言ってみせる。
「しょうがねえ、不本意だがこのガブリ様がリーダーになってやるよ! 何か異論のある奴はいるかぁ!?」
「……勝手にしろ」
半ばどうでもよさそうにキエルは言い捨てた。
「ははっ、決まりだな! 新たなリーダーの就任を祝ってパーティでも開きたいところだが、大切な仲間が死んだばかりじゃ盛り上がりそうにもねーしなぁ」
そんなことを言いながら、ガブリは『魂の壺』の近くまで歩み寄る。
「にしても『魂の壺』が無事で何よりだったぜ。これがなかったら今まで何の為に人間の魂を狩ってきたんだって話になるしなぁ」
ガブリはキエルとラファエの方に目を向ける。
「で? お前らはここで何をしていた? まさかこの壺を破壊しようとしてたんじゃねーだろうなぁ?」
「そ、それは……」
ラファエの目が泳ぐのを見て、ガブリの推測が確信へと変わる。
「どうやら図星みてーだな。惨いこと考えるねぇ、せっかくセアルが遺してくれたものを壊そうとするなんてよぉ」
「で、でもセアルさんが死んだ今、魂を集める手段はなくなったんですよ!? もう幻獣の復活は不可能になったわけですし、壊してもいいんじゃ……」
「はぁ? 魂狩りをサボッてたテメーらにそれを決める権利があんのかよ? 一番多く人間の魂を狩ったのは俺だ。だったらこの壺をどうするかは俺が決めるべきだろーがよ。違うか?」
「っ……」
再びラファエは口籠もる。
「それによぉ、魂を集める手段はなくなったわけじゃねーだろ?」
「え……?」
「考えてもみろ、要は人間の魂さえありゃいいんだろ? だったら話は簡単だ。魂の入った肉体ごと集めてくりゃーいい。つまり生け捕りにするって方法だ」
「そ、そんなこと……!!」
「むしろわざわざ肉体から魂を抽出してた今までの方が不自然だったんだよ。運ぶ手間は掛かるが、その辺は下級天使共に任せりゃーいい。どうだ、名案だろぉ!?」
「無理だな」
ガブリの案をキエルが即座に切り捨てた。
「あぁ? 何が無理なのか説明してもらおうか、キエル」
「……俺達天使は死を迎え、魂を失った時、それを内包していた肉体は自然消滅する。だが悪魔や人間の場合はそうではない。何故だか分かるか?」
「けっ、俺が知るかよ」
「それは魂と肉体の結びつきが天使に比べて遙かに強固だからだ。特に人間はな。天使は魂を失った時、魂と肉体の繋がりは消え、肉体は役目を終えて消滅する。だが人間や悪魔は魂を失っても、その繋がりまで消えることはない。よって肉体はしばらく現世に留まることになる」
「……何が言いたいのかさっぱりだ」
「肉体を伴った状態で魂を生贄にするのは不可能ということだ。人間の肉体と魂はそう簡単に切り離せない。その切り離す手段としてセアルは【魂吸収】を用いていた。それを使える者がいなくなった今――」
「あーゴチャゴチャうるせえ!!」
シビレを切らしたのか、ガブリは大声でキエルの言葉を遮った。
「んな宗教じみた解説で納得しろってのか!? 無理かどうかは実際に確かめてみるまで分かんねーだろうが!! リーダーの言うことに口を挟んでんじゃねえ!!」
反抗期の少年のようにガブリは叫んだ。
「つーわけでこれから張り切って人間の生け捕りだ。必要な数はあと500、七星天使は四人。つまりノルマは一人125人ってことになぁ」
「ぼ、僕もですか……!?」
ラファエの顔が青ざめていく。
「当然だろうが。それともリーダー様の命令に逆らうってのか? 俺はセアルのように甘かねーぞ」
「ぼ、僕にそんなこと……!!」
「オメーに拒否権はねえ。人間を125人生け捕りにするまで――いや、オメーは今までサボッてた分も含めて、最低でも200人は集めてきてもらわねーとなぁ」
ガブリの容赦のない命令に、ラファエの身体が震え始める。
「そんな……そんなこと……僕にはできません!!」
そう言い放ち、ラファエは城から飛び出していった。
「おいおいどこに行くつもりだ? 俺から逃げられると思ってん――」
ラファエを追駆しようとするガブリだったが、その肩をキエルに掴まれる。
「あぁ? 離せよキエル。今はテメーの相手よりあのヘタレの躾をゴバアッ!?」
キエルの拳がガブリの頬に炸裂する。ガブリの身体は吹っ飛び、城の壁に激突して大きくめり込んだ。