第111話 戦意の喪失
――七星の光城三階・ユナVSミカ――
依然として両者の剣のぶつかり合いが続いている。ユナはミカの剣をかわし、すかさずユナは剣を繰り出す。その剣先がミカの頬を掠め、ミカは咄嗟に後退した。
「はあっ……はあっ……やるねお姉ちゃん……!!」
やや苦しそうに息をするミカ。体調が万全でない状態で戦いに臨んだ影響がここにきて如実に表れ始めていた。中盤まではミカの方が優勢だったが、今の戦況は逆転していた。
「けど私は負けない……絶対にお姉ちゃんを殺してやる……!!」
「ミカ……」
辛い表情を浮かべるユナ。ミカは床を蹴り上げ、ユナに向かって駆け出した。ユナはその場から動かず、冷静に剣を構える。
ミカの剣が炸裂する。しかしユナはそれを受け流し――ついにミカの剣を床に叩き落とした。
「っ!!」
この瞬間ミカは身を守る術を失い、無防備になる。勝負をつけるなら今しかない。ミカは剣先をミカの身体に向けるが――
「かはっ!」
ミカは身体の発作で再び口から血を吐き出した。それを目の当たりにしたユナは、無意識に剣を止めてしまった。
不敵に笑うミカ。これはミカが意図的にやったのではなく、本当にただの偶然だった。しかしミカはこの好機を逃さず、素早く床に落ちた剣を拾い――ユナの脇腹に剣を突き刺した。
「ああっ……!!」
ミカがユナの脇腹から剣を抜くと同時に、ユナはその場に崩れ落ちた。ユナの血で床が赤く染まっていく。
「ふふっ、優しいねお姉ちゃんは。剣を止めてなかったら私を殺せてたのに……」
剣に付いた血を人差し指で優しく撫でるミカ。
「……っ」
ユナは脇腹を右手で押さえながら、強く唇を噛みしめる。
――もしミカが私を命を奪うつもりで挑んできたならば……私も覚悟を決めます。
以前ユートに言ったことがユナの脳裏に蘇る。ユートに嘘をついたつもりなどない。実際あの時はユナにも確かな覚悟があった。だが、今のユナには――
「でき……ない……」
気が付けば、ユナはそう呟いていた。
「私には……ミカを殺すことなんてできない……」
ユナは妹の事を何よりも大切に想っている。そんなユナにミカの命を奪うことなど、始めからできはしなかった。
しかしミカにはユナの言葉など全く心に響いていないようで、失望した顔でユナを見下ろしていた。
「はぁ、なんか冷めちゃうな。そういうお涙頂戴な台詞で私の同情を誘えるとでも思ってるの?」
「ミカ、私は……」
「もういいよ。お姉ちゃんが私を殺せないなら……私がお姉ちゃんを殺すから!!」
本気の目で剣を振り上げるミカ。だが、もはやユナはそれを避けようとはしなかった。
「……ユート様。不甲斐ない配下で申し訳ありませんでした……」
ユナは静かに目を閉じる。愛する妹に殺されるのなら悔いはない……そう思いながら。
「呪文【お手つき禁止】!」
その時だった。ユナの後方で何者かが呪文を発動する声がした。
「……?」
恐る恐る目を開けるユナ。するとミカの剣がすぐ目の前でピタリと制止しているのが分かった。一体何が起きたのかと、ユナは疑問を抱く。
「いやあ、間一髪だったっすね!」
ユナは後ろを振り返る。そこに立っていたのは四滅魔の一人、ペータだった。ミカは素早く後ろに跳び、ユナとの距離をとった。
「ペータ! どうして貴女がここに……!?」
「ようやく下級天使の掃除が終わったから、皆の加勢をしようと思ったんすよ。んで城の階段を上ってたらユナが絶賛大ピンチなのが見えたから、こうして助けに来たってわけっす。あとちょっとでも遅れてたらやばかったっすね!」
「……ありがとう、ペータ」
お礼を言うユナに、ペータはニカッと笑顔を見せる。それからペータはミカの方に目を向けた。
「あれが七星天使っすね。なかなか可愛い子じゃないっすか――ってあれ? なんだかやけにユナに似てるっすね。もしかして生き別れの姉妹か何かっすか?」
ペータは冗談で言ったつもりだが、それは見事に的中していた。一方のミカは、ペータの乱入に不機嫌そうな顔をしている。
「……誰だか知らないけど、私とお姉ちゃんの邪魔をしないでくれる?」
「えっ、お姉ちゃん!? まさか本当に生き別れの姉妹なんすか!?」
「そ、それは……」
どう答えていいのか分からず、ユナは口籠もってしまう。
「あれ? でもユナの妹なら、あの子も悪魔ってことになるっすよね? いやでも七星天使ってことはやっぱり天使だろうし、ということはユナの方が天使? いやでもユナは悪魔だし……あれ?」
思考がショートしたのか、ペータの頭から煙のようなものが出る。
「……まあいいや! 悪魔だろうと天使だろうと、ウチの友達を傷つける奴は許さないっすよ! ここからはウチが相手になるっす!」
「ペータ! ミカとは私が……!!」
「そんな怪我で何言ってるんすか。とにかくウチに任せるっす!」
しかしペータは困ったような顔で腕を組んだ。
「とは言ったものの、ウチの【邪険外忌】とか【彫刻外忌】って大人数が相手じゃないと使えないんすよね。まあゲームは大勢で楽しむものだからしょうがないっすけど。さて、どうしたもんっすかねー」
うーんと喉を唸らせるペータ。それをミカは苛立った顔で見ている。
「ねえ、いい加減どいてくれない? お子様が出てくる幕じゃないんだけど」
「むかーっ! 誰がお子様っすか! ていうかアンタだってお子様じゃないっすか!」
癇に障ったのか、ミカを指差して言い放つペータ。
「もう怒ったっすよ! こうなったらウチのとっておきの呪文を見せてやるっす!」
「……はあ。面倒だけど、先に殺すしかないか」
ミカはペータを敵と認識し、剣を構えた。