第11話 言い訳の連続
「ユート様……これ一体どういうことなのでしょうか……!?」
今まで見たことのないような凄い形相のアンリ。僕は心臓が止まったかのような感覚に襲われる。
「私ではなく何故このような人間の女に手を出したのですか!? 私ならいつでも準備はできておりますのに……!!」
そっち!? 城に人間を連れ込んだことじゃなくてまずはそっちで怒るの!?
だがどちらにせよ危機的状況であることに変わりはない。覇王である僕が人間に慈悲を与えたことが城中に知れたら大変なことになる。何か、何かないのか!? この状況を切り抜ける為の言い訳は……!!
その時僕の頭に一つの考えが舞い降りてきた。そうだ、これだ!!
「アンリよ。どうやらお前は誤解をしているようだな」
「……誤解、ですか?」
「お前は余がこの人間の娘に情を抱いてここに連れ込んだと思ったのかもしれないが、それは大きな間違いだ」
「で、では何故!?」
「知っての通り、余はいずれ人間を滅亡させるつもりだ。だが余はこう見えて石橋を叩いて渡る性格でな。それを実行に移す前に、人間の生態を熟知しておく必要があると考えたのだ。つまりこの人間はただのサンプル、いやモルモットにすぎない」
「…………」
僕は一旦目を閉じる。もちろん僕に人間を滅ぼす気なんてないが、今はこれくらいしか言い訳が思いつかなかった。
どうだ、やっぱり厳しいか……!? 僕は恐る恐る目を開けた。
「そうだったのですね! 流石はユート様です!」
そこには敬意の眼差しで僕を見つめるアンリの姿があった。
僕はホッと胸を撫で下ろす。やった、なんとか切り抜けられたぞ。にしても前から思ってたけど、アンリって結構単純だよな。
「そのような意図があるとは知らず、とんでもない無礼を働いてしまいました。この罪を償うべく――」
「自害はしなくてよいからな?」
「自害を――えっ!? な、何故お分かりになったのですか!?」
それくらい小学生だってお分かりになるぞ。
「しかしユート様、それなら何故その人間をクローゼットの中にお隠しになっていたのですか? まるで誰かに見つかるのを避けるように……」
ギクッ!!
「……ふん。人間如きにこの広い部屋は勿体ないと思ってな。せいぜいクローゼットのような狭小な空間がお似合いだろう」
「なるほど。確かにその通りでございます」
再び安堵の息を吐く僕。アンリは鋭いのか鈍いのか分からないな。
「しかし人間の生態調査であれば、ユート様がお手を煩わせずとも我々が引き受けてもよいのですが……」
「いや、よい。人間の恐怖に歪んだ顔を眺めるのも余の楽しみの一つだ。それにお前や他の悪魔達も普段の業務で疲れているだろうから、ここは余に任せておけ」
「御意。ユート様の我々への気遣い、勿体ない限りでございます」
この子をアンリ達に預けたらどんな目に遭わされるか分かったもんじゃないからな。少なくとも五体満足ではすまないだろう。
「それではユート様、ごゆっくりお楽しみくださいませ」
「うむ」
アンリは充足した表情で僕の寝室から出て行った。それと同時にどっと身体に疲れが押し寄せてきた。
な、なんとか凌いだ……。我ながらよくあんな次から次へと言い訳が出てきたものだ。中にはちょっと苦しい言い訳もあったりしたけど、アンリを欺くことには成功したので良しとしよう。
ひとまず直近の危機は去ったが、状況が変わったわけではない。この寝室にリナを匿い続ければ、僕の言ったことが全てデタラメだとバレるのは時間の問題だろう。その前になんとかしなければ……。
「リナよ。怖い思いをさせてすまなかっ――ん?」
改めてリナの方を見ると、まるで地獄でも見たかのように顔を真っ青にしてカタカタと震えていた。そんなにアンリが怖かったのか。実際凄い迫力だったもんな、覇王の僕が恐怖を覚えるくらいに。
「人間を滅ぼす……モルモット……!?」
いや違う、これ僕のせいだ! さっき僕が言ったこと全部信じちゃってる!
「安心しろリナ。先程アンリに言ったことはほんのジョークだ。余には人間を滅ぼすつもりも、お前をモルモットにするつもりも全くない」
って、こんな覇王の姿で言ってもまるで説得力がないよなあ……。案の定リナの身体の震えが止まる気配はなかった。
「だだだ大丈夫です、私は奴隷ですから、もももモルモットになる覚悟くらいはできております……!!」
ダメだ、完全に怯えきっている。これでは誤解を解くところではない。まずはこの子の警戒心を解くことから始めよう。でも覇王の姿で警戒心を解くなんてかなり困難を極めそうだけど――
ここで僕に一つのアイデアが浮かんだ。そうだ、僕が一時的にでも覇王じゃなくなればいいのか。
「呪文【変身】!」
僕は呪文を唱え、あるものに姿を変えた。それは……。
「……どうも、阿空悠人です」
人間時代の僕だった。キョトンとした顔で僕を見るアンリ。
僕は近くにあった鏡で僕の姿を確認した。うん、これは紛れもなく覇王に転生する前の僕だ。若干イケメン補正がかかってる気がするけど多分気のせいだろう。
ただしこの【変身】という呪文には一つだけデメリットがある。それは別の呪文を発動したら変身が強制的に解除されてしまうということだ。
まあそのデメリットがなくとも、アンリ達の前で人間に変身しようものなら「ユート様ともあろうお方が人間ごときに姿を変えるなど言語道断です!!」と怒られるのがオチなので、こういう使い方は滅多にできないだろうけど。
「あの……貴方は……?」
リナは困惑した顔で尋ねてくる。そりゃそうだよな、目の前の覇王がいきなり人間に姿を変えたのだから。
「びっくりした? これが本当の僕……って言い方は変か。もう僕は人間じゃなくなってるわけだし。とりあえず外見だけでも人間に戻ってみたんだ」
「……!?」
リナはますます意味が分からない様子だった。ま、いきなりこんなこと言われても理解できないのは当たり前だよな。
よし、決めた。リナは人の秘密を言い触らしたりするような子には見えないし、僕の秘密を明かしても大丈夫だろう。
「リナ、今から僕が話すことをよく聞いてほしい」
それから僕は自分の身の上をリナに話した。僕が元々人間であったこと、僕が別の世界の出身であること、転生して気が付いたら覇王になっていたこと、などなど。リナは終始静かに僕の話に耳を傾けてくれた。