第108話 覇王vsセアル
「しかし滑稽な話だな。『世界の平穏を保つ』などと語る貴様が、人間共の魂を奪うことで平穏を脅かしているとは。貴様のやっていることは矛盾している」
「ふっ、返す言葉もない。だが貴様に人類を滅ぼされることに比べたらマシじゃろう。何かを成し遂げる為なら多少の犠牲には目を瞑るしかない」
「……多少の犠牲、か」
セレナやアスタ、そしてサーシャのアジトにいる子供達の顔が浮かぶ。その〝多少の犠牲〟の為にどれだけ多くの人々が心を痛めているか、こいつは理解しているのだろうか。
それに何度も言うようだが僕は人類を滅ぼす気なんて全くない。とは言え僕には五万の人間を一瞬で消し飛ばしてしまった前科があるし、そう思われるのは仕方のないことだ。そこはもう割り切っている。
「ま、人間を目の敵にしている悪魔達にとっては、人間の数が減るのは喜ばしいことかもしれないがな」
「寝言は死んでからほざくがいい。人間は余にとって悲鳴を上げさせる貴重な道具だ。それを横取りされるのは不愉快極まりない」
もちろんそんなことは微塵も思っていないが、僕は覇王を演出しようとワザと言った。
「人間を生物としてすら認識していないとはな……。やはり世界の未来の為、貴様にはここで滅んでもらうしかなさそうじゃ」
「残念だが貴様ごときでは余を滅ぼすことなどできない。そして……」
僕は静かに人差し指の先をセアルに向けた。
「貴様と長々遊ぶつもりもない。呪文【死の宣告】!!」
暗転する視界。セアルの身体が紫色に浸蝕されていく。しかしセアルが動揺する様子は一切なく、ただ余裕の笑みを浮かべていた。
「呪文【身体遡行(しんたいそこう】!」
セアルが呪文を唱える。すると【死の宣告】による浸蝕が綺麗サッパリ消えていることに気付いた。これには僕も少々驚かされる。
「意外とせっかちな奴じゃな。対象に死を宣告し、その十秒後に対象を葬り去る【死の宣告】をいきなり使ってくるとは。だがワシには通用しない」
「【死の宣告】を解除したというのか?」
「正確には解除したわけではない。【身体遡行】は己の身体を七秒前の状態に戻す呪文じゃ。それだけ言えば分かるじゃろう」
「……なるほど。その呪文によって自らの身体を【死の宣告】が発動する前の状態に戻したというわけか」
「正解じゃ。その性質上、連続使用はできないという欠点はあるがな。呪文一つで葬ろうとするとは、ワシも甘く見られたものじゃ」
そんな方法で【死の宣告】を回避するとは。流石は七星天使の第一席といったところか。これではいくら唱えたところで【身体遡行】で対処されてしまう。
「それと忠告しといてやろう。【死の宣告】を使えるのが自分だけだと思うな」
セアルが人差し指を僕の方に向ける。まさか……!
「呪文【死の宣告】!!」
再び暗転する視界。僕の身体が紫色に浸蝕されていく。
「……これは驚いた。まさか余の他に【死の宣告】を使える者がいたとはな」
「呑気に喋っている場合か? 貴様はあと数秒であの世へ旅立つことになるぞ」
確かに僕には【身体遡行】のような呪文はない。だが――
「覇王を舐めるな。呪文【等星変化】【解呪】を同時発動!」
僕は二つの呪文を唱える。直後に【死の宣告】は解除され、僕の身体への浸蝕も消え失せる。これに対しセアルは目を見開いた。
「馬鹿な。【解呪】は第四等星以下の呪文しか解除できないはず。何故第六等星呪文である【死の宣告】が解除された……!?」
「【等星変化】と唱えたのが聞こえなかったのか? この呪文で貴様の【死の宣告】の等星を六から四に下げた。これにより【解呪】での解除が可能になったというわけだ」
「……そういうことか」
ただ等星を変化させるだけという一見使い道のなさそうな呪文だが、こうして別の呪文との組み合わせることによって活かす方法もある。
ちなみに等星についての説明だが、全ての呪文はこの等星によって分類されており、最高で第六等星呪文まで存在する。数字が上になるほど効果や威力は大きくなるが、その分MPの消費も大きくなる。第四等星呪文が使えるだけでもかなり稀少だと言われるので、第六等星呪文を使える僕やセアルがいかに凄いかが分かるだろう。
「呪文一つで葬ろうとするとは、余も甘く見られたものだな」
僕は先程言われた台詞をそのままセアルに返した。
「これは一本取られた。どうやら戦いの神は容易な決着を望んではいないようじゃ」
「戦いの神、か。そんなものが存在するなら是非ともお目にかかりたいものだな」
しばしの沈黙の後、セアルは右腕をゆっくりと上げる。何か仕掛ける気だな。
「……少し前まで、地上では火山の噴火や竜巻などの自然災害が頻繁に起こり、人々を苦しめていた」
僕が警戒心を高めていると、セアルが唐突に語り始めた。
「が、ワシが七星天使の座に就いて以降、そのような自然災害は一切起こらなくなった」
「何が言いたい? 災害が起きなくなったのは自分のおかげとでも言うつもりか?」
「ああ」
セアルは右腕を床と並行になったところで止め、右手を僕に向けて広げる。
「何故ならワシが全ての自然災害をこの身体の中に〝封印〟したからじゃ」
「……災害を封印だと?」
「その証拠を見せてやろう。呪文【火山噴火】!!」
セアルの右手から火山弾や溶岩流が一気に放出され、僕の身体に炸裂した。
「まだまだ。呪文【砂塵の竜巻】!!」
砂を伴った強烈な竜巻が発生し、容赦なく僕を襲う。体感的に風速は時速300kmを余裕で超えており、城の天井も彼方へと吹き飛ばされてしまった。
「おっと、やりすぎたか。だがちょうどいい。呪文【豪雷】!!」
空に暗雲が立ちこめる。直後、鼓膜が破れそうになる音と共に雷が落ち、僕の脳天に直撃した。
「覚悟しろ覇王。貴様という災害もワシがこの手で消滅させてやる」