第104話 求める答え
「呪文【火炎鎧】!!」
ラファエの全身が燃え盛る炎に包まれていく。外見の印象に反して炎系呪文の使い手のようだ。
「はあっ!!」
ラファエが右手を前にかざすと、地球儀サイズの炎の玉が次々と生成され、それらが僕に向かって飛んできた。
「……ふん」
僕は軽く右手を振り、その風圧で全ての炎の玉を掻き消した。この程度の炎なら蝋燭の火を消すよりも簡単だ。
次にラファエは先程の何倍もある巨大な炎の玉を生成し、僕に向けて放った。このサイズを風圧で掻き消せるかは微妙だったので、仕方なく僕は避け――たりはせず、いつものように敢えてその攻撃を正面から受けた。
HP9999999999/9999999999
「ノーダメージか……」
僕は自分のステータスを見て呟いた。数ポイントは削られるかもと思ったが、見た目に比べて威力は弱かったらしい。僕は服に付いた火の粉を軽く両手で払った。
続いてラファエは右の拳に炎を纏わせて突進してくる。僕が一歩も動かなかったおかげでその拳は僕の腹に直撃したものの、またもやノーダメージ。僕はラファエの腕を掴み、紙飛行機を投げるようにラファエの身体を投げ飛ばした。
「うあっ!!」
ラファエは天井に激突し、そのまま床に落下した。
「呪文【覇導弾】!」
すかさず僕は床に倒れたラファエに向けて覇導弾を一発だけ放つ。
「くっ……。呪文【火炎壁】!」
瞬時に炎の壁を作り出すラファエ。だが僕の覇導弾はその壁をいとも容易く貫通し、ラファエの身体に炸裂した。
「うああっ!!」
ラファエはサイコロのように床を転がる。それを見て僕は思わずこう呟いた。
「……弱いな」
こいつ、本当に七星天使の第三席なのか? ハッキリ言って第七席のウリエルの方がまだ手応えがあった。僕の油断を誘っているわけでも、何かの作戦というわけでもなさそうだ。
「貴様、一体どういうつもりだ? 死に場所を求めて余の前に出てきたのか?」
「……違い、ます」
ラファエはゆっくりと起き上がる。こいつは明らかに本気で戦っていない。いや、そもそも戦う気力があるかどうかすら分からない。ラファエからはこの戦いに対する迷いのようなものが感じられた。
「貴様は何故ここにいる? 余を止める為ではないのか?」
「…………」
しばらくこの場に沈黙が訪れる。やがてラファエは静かに口を開いた。
「一つだけ、僕の質問に答えてもらえませんか」
「……何だ?」
「貴方はどのような目的で、この城に攻め込んできたのですか?」
それは予想外の問いだった。何故今更そんなことを聞くのだろうか。
「わざわざ説明しなければ分からないことか? 貴様ら七星天使を殲滅する為に決まっているだろう」
「……それだけですか?」
「何?」
ラファエは澄んだ目で僕を見つめてくる。
「僕たち七星天使を殲滅する為……本当にそれだけですか?」
もう一度尋ねるラファエ。まるでラファエの望む〝答え〟が僕の口から出るのを待っているかのように。
以前ラファエの本心を聞いた僕には、その〝答え〟が何か見当がついていた。そして僕は確かにその〝答え〟を持っている。
ラファエになら、打ち明けていいかもしれない。
「……人間共の魂を取り戻しに来た」
僕がそう言うと、ラファエは大きく目を見開いた。予想した通り、これがラファエの望む〝答え〟だったようだ。
「……やっぱり、そうだったんですね」
どこか安心したようにラファエは言った。七星天使という立場上、自分が人々の魂を解放するわけにはいかない。だから自分の代わりに『魂の壺』を破壊してくれる者をずっと待っていたのだろう。
「余の言葉を信じるのか? 余が誰だか知らぬわけではあるまい。悪魔の頂点に君臨する余が、人間共の魂を取り戻してくれると本気で信じているのか?」
「……はい」
ラファエはゆっくりと壁際まで歩く。
「行ってください。この先の階段を上れば『魂の壺』が安置された最上階に行けます」
「……自ら道を空けるか。だが分かっているのだろうな? 貴様の行動は七星天使への裏切りにも等しいということを」
僕がそう言うと、ラファエは暗い顔で俯いた。
「もう、分からなくなったんです。何が正しくて、何が間違っていることなのか……」
ラファエの拳が震えているのが分かる。きっとラファエにとっても苦渋の選択だったのだろう。
「だけど、どのような目的があったとしても、罪のない人々の魂を奪うことだけは……間違っていると思うんです」
ラファエは顔を上げ、僕の方を真っ直ぐ見る。
「だから行ってください。そして全ての彷徨える魂を……持ち主の身体に還してあげてください」
「……ふっ」
僕は静かに歩き出す。ラファエの横を通り過ぎたところで、僕は足を止めた。
「貴様の意志には敬意を表する。だが、これだけは言っておく。どのような結果になろうと……後悔だけはしないことだ」
「…………」
ラファエは何も言葉を返さなかった。
こうして僕は城の最上階まで辿り着いた。中央には『魂の壺』が置かれており、その前では一人の人物が腕を組んで立っていた。
「……やはり来たか、覇王」
それは七星天使のリーダーにして、全ての元凶――セアルだった。セアルは落ち着いた雰囲気で僕に視線を向けている。覇王として対峙するのはこれが初めてだ。
「まるで余がここに来ることを知っていたかのような口ぶりだな」
「ああ、知っていたさ。ワシの【未来予知】がそれを教えてくれた」
「……なるほどな」
推測していた通り、僕らの襲撃に対する準備の良さはセアルの予知によるものだったというわけか。
「ならばこの戦いの結果も視えているということか?」
「さあな。仮に視えていたとしても、それをバラしたら面白くないじゃろう」
「……違いない」
自分が敗れることを分かっていながら僕の前に姿を見せるとは考えにくい。かと言って僕がこいつに敗北するとも思えない。本当に視えていないのか、あるいは……。
「ところですぐ下の階にラファエを配置しておったはずじゃが、あいつはどうなった? 貴様に敗れたのか?」
「安心しろ。話し合いで穏便に通してもらっただけだ。あの男の命まで奪う必要はないと判断したからな」
するとセアルは深く溜息をついた。
「相変わらず甘いなラファエは。あいつが本気を出せばワシにも匹敵する強さじゃろうに……。優しすぎるというのも考えものじゃ」
そこまでラファエを評価しているのか。とてもそうは見えないが……。
「だが貴様にはここで確実に消えてもらう。貴様の存在は余の崇高な計画を脅かしかねないからな」
「崇高な計画、か。おおかた地上から人間を絶滅させ、悪魔だけが蔓延る世界を創造するとかそんなところじゃろう」
いや真逆だけどね? 僕が目指しているのは人間と悪魔が共存する世界を築き上げることだ。ま、それを言ったところで信じてはもらえないだろう。
「やれるものならやってみるがいい。世界の平穏の為、ワシは今日この場で貴様という諸悪の根源を断ち切ってみせる」
「ふっ。諸悪の根源とは随分な言われようだな……」
ついにこの時が来た。セアルと決着をつける、この時が。必ずこいつを倒し、全てを終わらせてやる……!!