第103話 それぞれの戦い
その頃、ユートと一階で分かれたアンリはもう一方の階段を駆け上がっていた。
「ユート様の一番の側近かつ滅魔の第一席として、ユート様の名に恥じぬような働きをしてみせ――ん?」
ある異変に気付き、アンリは途中で足を止める。なんとさっきまで一緒に階段を駆け上がっていたはずのユナが忽然と姿を消していたのである。
「どこに行ったユナ!?」
周囲を見回すアンリ。敵の罠に掛かったのかと一瞬考えるアンリだったが、そのような形跡はどこにも見当たらない。となると考えられるのは――
「あのドジッ子め、こんな時にも迷子か!? ただ階段を走っていただけなのに何故迷子になる……!?」
仕方なくアンリは階段を上るのをやめ、五階でユナを捜し始める。
「どこだユナ! 返事をしろ!」
「……ここにはいないわよ?」
アンリの背後から声。直後、数多の〝金塊〟がアンリ目がけて飛んでくる。アンリは素早く横に跳び、かろうじてそれをかわした。
「お見事。よく避けたわね」
アンリが振り返ると、奥の方から一人の女が落ち着いた足取りで近付いてくるのが見えた。アンリはその女を注視する。
「……お前、七星天使だな?」
「その通り。私は七星天使の一人、イエグよ。悪魔の貴女達がわざわざ天使の領域に足を踏み入れるなんて、まさに飛んで火に入る夏の虫ね」
相変わらず全身に煌びやかな宝石を身に付けるイエグは、アンリと一定の距離を置いて歩みを止めた。
「あら、よく見たらなかなか美しいお嬢ちゃんじゃない。貴女のような子は好きよ」
「ふっ。オバサンに褒められたところで嬉しくもなんともないな」
「……は?」
ビキッ。イエグの額に青筋が生じる。
「ごめんなさい、よく聞こえなかったわ。もう一度言ってくれるかしら?」
「オバサンと言ったんだ。まさかもう耳が遠くなる年頃なのか?」
ビキビキッ。更にイエグの額に青筋が生じる。
「この私がオバサン、ねえ……。なかなか冗談がお好きな子のようね……!!」
「オバサンにオバサンと言って何が悪い? 大袈裟な宝石で無理矢理若く見せようとしているのがなんとも痛々しい。恥ずかしくないのか?」
ビキビキビキッ。とうとうイエグの顔面が青筋だらけになった。
「ふ、ふふふふふ。どうやら美しいのは外見だけのようね……!! その醜く汚れた心、命をもって美しく浄化してあげるわ!!」
☆
一方ユナはというと、何故か城の三階を一人でウロウロしていた。
「階段を上がっていたはずなのに、何故私はこんな所に……。まさか敵の罠……!?」
単に迷子になっただけのユナはそんなことを呟く。
「とにかくアンリと合流しないと……」
ユナは階段を探そうと三階をあちこち走り回る。しかし走れば走るほど自分がどこにいるのか分からなくなってくる。
そんな時、ユナは前方から何者かの気配を感じ取った。しかし明らかにアンリのものではない。おそらくこの先に七星天使がいる。そう直感したユナは、警戒しつつも気配のする方へと走り出した。
「!!」
その人物を目の当たりにしたユナは、無意識に足を止めた。そこに立っていたのは、退屈そうな顔でポッキーのようなお菓子をポリポリと食べている一人の少女だった。
「ミカ……!!」
それは七星天使の一人にしてユナの妹――ミカだった。ユナの存在に気付いたのか、ミカはお菓子を食べる手を止めて顔を上げた。
「おねえ……ちゃん……!?」
ミカは大きく目を見開き、手に持っていたお菓子を床に落とした。
「……ふふ。あはは! あははははは!! お姉ちゃん!! ユナお姉ちゃんだあ!!」
しばらく沈黙した後、狂ったように笑い出すミカ。その表情は今までとはまるで別人になっていた。
「まさかこんな所でお姉ちゃんと会えるなんて!! そっかーお姉ちゃんって覇王の配下になってたんだ!! 全然知らなかったよ!!」
「ミカ!! 私は貴女と話が――」
するとミカは脇に差していた剣を抜き、何の躊躇いもなくユナに向かって突進する。ユナも即座に剣を抜き、ミカの剣撃を受け止めた。
「この時が来るのを夢にまで見たよ……! お姉ちゃんを殺せるこの時を!!」
「ミカ……!!」
やはりミカは自分のことを憎んでいる。覚悟はしていたが、それでもユナは胸が締めつけられるように苦しくなった。
ミカは後方に跳び、再びユナとの距離をとる。その顔はすっかり狂気に歪んでいた。
「それじゃ始めよっか。七星天使とか四滅魔なんて関係ない。姉と妹の、命を賭けた戦いを!!」
「……っ!!」
今のミカには何を言っても無駄だろう。ならば自分も戦う以外に道はない。ユナは決意を固め、剣を構えた。
☆
キエルさんの相手をエリトラに託し、一人階段を駆け上がる僕。下の方からは時折激しい音が聞こえてくる。既にどこかで戦闘が始まっているようだ。誰と誰が戦っているのか気になるが、今は『魂の壺』を破壊することに集中しなければ。
やがて僕は城の十階まで辿り着いた。僕の記憶が正しければ、このフロアの奥にある階段を上れば最上階のはずだ。そしてそこには人々の魂を閉じ込めた『魂の壺』がある。僕は逸る気持ちを抑えながらフロアを突き進んでいく。
「!」
そこには案の定、七星天使の一人が僕を待ち構えていた。僕は足を止め、その人物と対峙する。
「……ここから先は行かせません」
それは七星天使の第三席、ラファエだった。ラファエの表情からは僕に対する畏怖が感じられるが、その目はハッキリと僕の姿を捉えている。
人間の姿でこの城に連れてこられた際、ラファエとは色々話をしたが、まさかその正体が今の僕だとは夢にも思っていないだろう。
――だけど、覇王を滅ぼす為に大勢の人間を犠牲にするというのは、間違ったやり方だと思います。
あの時のラファエの言葉が蘇る。『七星天使は一人残らず殲滅する』と僕は言った。だけどラファエは人々の魂が解放されることを心から望んでいた。そんなラファエが今後人々の魂を奪うような真似をするとはとても思えない。
それにラファエには『魂の壺』のことを教えてもらった恩がある。それを返さないままというのは僕の性に合わない。
「大人しく道を空けろ。そうすれば貴様の命だけは見逃してやる」
僕は恩を返すつもりでそう言った。しかしラファエは依然としてその場から動こうとしない。
「言ったはずです。ここから先へは行かせない、と」
「……そうか。ならば致し方ない」
どうやら情けは無用らしい。僕は気持ちを切り替え、ラファエと戦う覚悟を決めた。