第101話 開戦
その後キエルも会合部屋を出て、自分の持ち場へと向かう。その途中でキエルはラファエに出くわした。
「どうしたラファエ。お前の持ち場はこの階ではないはずだ」
「…………」
キエルの前で辛辣な表情を浮かべるラファエ。やがてラファエは顔を上げた。
「キエルさん、こんな時に迷惑かもしれませんが、少し僕の話を聞いてもらってもいいですか? こんなこと、セアルさんには言えないので……」
「……俺で良ければ話を聞こう」
「あ、ありがとうございます」
僅かな沈黙の後、ラファエは静かに口を開ける。
「……キエルさんは、覇王がこの城に攻めてくる目的は何だと思いますか?」
ラファエの質問に、腕を組むキエル。
「ま、普通に考えたら七星天使の殲滅が目的だろうな。覇王を始めとした悪魔にとって、俺達は目の上のコブのような存在だろう」
「……やっぱり普通に考えたら、そうなりますよね」
どこか含みのある言い方をするラファエ。
「お前の考えは違うのか?」
「あっ、いえ! おそらくキエルさんの言う通りだと思います。ただ僕は、覇王の目的はそれだけではないような気がして……」
「覇王には他にも目的がある、と言いたいのか?」
「……はい」
「それは興味深いな。聞かせてもらおうか」
キエルは腕を組んだまま、近くの柱に背を預ける。
「……先程セアルさんが、七星天使に加えようと城に連れてきた人物のことを話してましたよね」
「ああ。ユートという人間の男のことだな」
「僕はその人と……ユートさんと少しだけ話をしたんです。ユートさんは『人々の魂を取り戻す為に敢えてセアルの誘いに乗った』と言っていました」
「!」
キエルの眉が微かに動く。
「あの時のユートさんの言葉が嘘だったとは思えません。本当に人々の魂を取り戻そうとしてたんだと思います。もしセアルが言っていたようにユートさんと覇王が繋がっているのだとしたら、もしかしたら覇王は人々の魂を取り戻す為に、この城を攻めてくるのではないかと思って……」
このラファエの推測は、一刻も早く人々の魂を解放してあげたいという強い想いからくるものだった。
「はは、何を言ってるんでしょうね僕は。ウリエルさんや大勢の人間を殺した覇王が、そんなことするはずありませんよね……。今のは忘れてください」
「いや、俺もお前の意見に賛同する」
キエルの思わぬ発言に、ラファエは目を見開く。
「き、キエルさんも、覇王が人々の魂を取り戻そうとしてるって考えなんですか!?」
「ああ。きっとアイツならそうするだろう……」
「……え? キエルさんは覇王と面識があるんですか?」
「さあな」
キエルは柱から離れ、ラファエに背を向ける。
「だが覇王にどのような目的があろうと、奴が俺達の敵であることに変わりはない。奴がこの城に攻めてくるのであれば、俺は迷わず戦う道を選ぶ」
「……僕は、どうすればいいのでしょうか。もし本当に、覇王が人々の魂を取り戻そうとしているのだとしたら……」
「それはお前自身で決めることだ」
そう言い残し、キエルはラファエのもとから去っていった。
☆
僕と滅魔四人は【瞬間移動】によって人間領のゲート前に転移した。セアルがゲートにかけていた【認識遮断】は解除されたままになっており、大きな黒い渦が僕らの前で存在感を放っていた。
「おおっ! これが『天空の聖域』に繋がるゲートっすね! 思ったより大きいっす!」
好奇心旺盛なペータが目を輝かせ、他の三人も興味深そうにゲートを見ている。
僕の作戦はこうだ。まずは『七星の光城』を全員で襲撃し、僕が『魂の壺』を破壊して奪われた人々の魂を解放する。そうなったら現在城にいない七星天使も急行せざるを得ないだろう。そこを僕達が一網打尽にする。
ただし僕が『魂の壺』を破壊することはアンリ達には内緒にしてある。覇王である僕が人間を救おうとしていることが知れたら面倒なことになっちゃうからな。だからアンリ達には城を襲撃することだけ伝えてある。
待っていてくれセレナ。もうすぐお姉さんに会わせてやるからな……!!
「では皆で聖地を巡礼するとしよう」
僕は四滅魔と共にゲートの中に身を投じ、『天空の聖域』へ向かった。
ゲートを抜けると、そこは前回来た時と同じく雲一面の美しい景色が広がっていた。無事『天空の聖域』に到着したようだ。
「うっ……!!」
するとゲートを抜けた直後にアンリ、ペータ、エリトラがその場で膝をついた。三人とも高熱を発症したかのように苦しそうである。
「これが……ユート様がおっしゃっていた身体へのダメージ……」
「ううっ、頭がガンガンするっす……」
「これでは我のジェネシスが40%ほどしか発揮できません……」
やはりこの『天空の聖域』の空間はアンリ達の身体にも悪影響を及ぼしている。僕でさえキツかったんだ、アンリ達はもっとしんどいことだろう。僕は二度目ということもあってか前回に比べると頭痛や吐き気はだいぶマシになっていた。
「……ユナは平気そうだな」
「! そ、そんなことないわよ。私だって苦しいわ」
やや動揺しながらユナがアンリに答える。ユナの身体には悪魔と天使の血が半分ずつ流れているので、単純に考えて身体への影響も半分で済んでいるのだろう。
しかしユナ以外の三人は思ったより苦しそうだ。果たしてこの状態で七星天使とまともに戦えるかどうか。
「無理だと感じた者は遠慮なく申し出てほしい。今ならまだ引き返せる」
「……お心遣い感謝いたします。ですがこの程度、ちょうどいいハンデです」
アンリが立ち上がり、ペータとエリトラも後に続く。どうやら杞憂だったようだ。
「それでこそ余の配下だ。ではこれより『七星の光城』へ向かい、襲撃をかける。全員心の準備はよいな?」
僕の言葉にアンリ達は力強く頷いた。
「呪文【瞬間移動】!」
僕達五人は『七星の光城』から少し距離を置いた所に転移した。
「!!」
次の瞬間、僕の目に予想外の光景が飛び込んできた。なんと既に数多の下級天使が上空で待機していたのである。
「来たぞ!! 覇王と部下四人だ!!」
「我ら天使の力を思い知らせてやれ!!」
下級天使共が僕達目がけて一斉に飛んでくる。少なくとも千はいるだろう。
「ユート様、これは……!!」
「ふっ、随分と盛大な歓迎会じゃないか」
なんて余裕をかましつつも、僕は内心少し驚いていた。まるで僕達がここに来ることを予め分かっていたかのようだ。
僕が『七星の光城』を襲撃するとアンリ達に伝えたのはほんの数時間前のことだし、仮にどこからか情報が洩れていたとしても対応が早すぎる。
おそらくサーシャの【未来予知】のような呪文を所持している者がいて、僕らの襲撃を予知していたのだろう。だがこれくらいのサプライズがあった方が退屈しなくて済む。
「最後に笑うのは悪魔か天使か……審判の時だ」
ついに天使達との戦いが幕を開けたのであった。