第10話 立場逆転
「しかし、ユート様は何故そのようなことを?」
「……ずっと城に閉じこもっているのは少々退屈でな。気分転換に外出しようと思っただけだ」
僕は正直に答えた。
「……そうだったのですね。確かに今までの私はユート様の御身を心配するあまり、ユート様をこの城に縛り付けてしまい、逆に御迷惑をおかけしていたのかもしれません」
アンリは辛そうな表情で言った。これはまた「自害する」と言い出しそうな流れだ。
「主の心情を察することのできない配下など、もはや不要でございます。この罪を償う為にも、やはり自害を――」
「しなくていい。余も勝手に城から抜け出すような真似をしてすまなかった。今回のことは余にも非があるし、お前だけが責任を感じる必要はない」
「そ、そんな! 滅相もございません!」
「いつも余のことを想ってくれているアンリにはとても感謝している。これからも余の為に尽くしてほしい」
「あ……あ……ありがたきお言葉……!!」
アンリの目からポロポロと涙がこぼれ落ちる。一日に二回も女の子の泣き顔を見ることになるとはな。
「お前達、いつまでそうやって見ているつもりだ。そろそろ自分の持ち場に戻れ」
「は、はい!」
僕の一言で大広間に集まっていた悪魔達はすぐにいなくなり、僕とアンリの二人だけが残った。
「ところでユート様は今までどこで何をなされていたのですか?」
アンリの質問にギクッとする僕。「山賊に襲われている村人達を助けて人間の女の子を一人連れ帰ってきた」なんて正直なことは言えない。人間に肩入れするなど覇王にあるまじき行為だろう。
「ユート様……?」
答えに詰まっている僕を見て、アンリは不思議そうに首を傾げる。ここは適当に答えておこう。
「……なに、退屈凌ぎに人間を数匹殺してきただけだ。久々に人間の悲鳴を聞きたくなってな」
「そうだったのですね! 流石はユート様です!」
アンリの顔が太陽のように明るくなった。まあ山賊を何人か殺してしまったのは事実だし、全くの嘘というわけではない。
「それとユート様、あの人形はどうなさるおつもりですか?」
アンリが玉座の方に目を向ける。そこには僕の身代わりとして【創造】で生成した人形が座ったままになっていた。我ながらそっくりな人形だけど、アンリにすぐダミーだと見抜かれちゃったし生成した意味なかったな。
「あの人形はもう不要だし、処分しようと思っているが」
「で、では、私が頂いてもよろしいでしょうか!?」
「ん? まあ、別に構わないが……」
「ありがとうございます!!」
アンリは僕の人形をギュッと抱き締めると、とても嬉しそうな顔で僕に一礼し、大広間から出て行った。あんなの一体何に使うんだろうか。
「すまない、待たせたな」
僕が寝室に戻ると、床にちょこんと正座をしているリナの姿が目に入った。
「……床ではなく、椅子やベッドに座ったらどうだ?」
「い、いえ、私はこれで十分です……!」
フルフルと首を振るリナ。女の子を床に座らせるのはなんだか心が痛むけど、今はそれでいいか。
僕はベッドに腰を下ろし、腕を組む。さて、これからどうしよう。人間の女の子をいつまでも僕の寝室に匿うわけにはいかないしなあ。かと言ってリナを見捨てるつもりは全くない。やりたいことを見つけるまで面倒を見ると言ったのは僕だし、ちゃんと言葉に責任は持たないとな。何か良い方法はないものか――
「!!」
すると寝室のドアを二回ノックする音がし、僕の肩がビクッと揺れた。もしかしてアンリか!? まずい、リナの事がアンリにバレたら確実に殺され――いや自害させられる!!
「リナよ、今すぐあの中に隠れるんだ」
僕は奥のクローゼットを指差しながら小声で言った。リナは小さく頷くと、抵抗することなくクローゼットの中に身を隠した。
「すまない。少しの間だけ辛抱してくれ」
僕はクローゼットを閉める。それから僕が「入れ」と言うと、静かにドアが開いた。やはりアンリだった。
「ユート様、今日は外にお出かけになられてさぞお疲れでしょう。お飲物を持ってまいりました」
「おお、ちょうど喉が渇いていたところだ。アンリは気が利くな」
「勿体なきお言葉にございます。私はユート様の配下として、できる限りの――」
途中でアンリの言葉が止まり、眉がピクリと動く。そしてアンリの表情が険しくなるのが分かった。
「どうしたのだアンリ?」
「この異臭……。間違いなく人間のニオイがします」
またニオイ!? 身代わり人形もニオイで僕じゃないことが分かったとか言ってたけど、アンリってめっちゃ鼻が利くのか!? とにかくごまかさなければ!!
「……ふっ。外出先で長いこと人間共とじゃれ合ってきたからな。余の衣服に人間のニオイが染み付いてしまったのかもしれん。不快な思いをさせてすまな――」
「いえ、明らかに人間そのもののニオイがします」
そこまで分かっちゃうの!? もはや犬以上じゃないか!! するとアンリの目がクローゼットの方に向けられた。
「ニオイのもとは、あそこからですね」
ギクッ!!
「ユート様。無礼なのは十分に承知ですが、あのクローゼットの中を拝見してもよろしいでしょうか?」
「……だ、駄目だ!!」
「何故でございますか?」
「思春期男子のクローゼットの中なのだぞ!? 何が入っているのかは大体想像がつくであろう!!」
「……? 申し訳ございません、おっしゃっている意味がよく……」
しまった、僕はもう思春期男子じゃなかった! つーか仮にそういうものが入ってたらそれはそれで駄目だ!
「後ほど如何様にも罰はお受けいたします。ですからどうか、あのクローゼットの中だけ確認させてください」
「そ、それは……!!」
「…………」
「…………」
しばらく沈黙が訪れる。僕の【瞬間移動】は離れたものに対しては使えないので、一時的にリナを避難させることもできない。
僕の額からダラダラと大量の汗が流れ出る。今に限っては僕とアンリの立場は完全に逆転していた。
「失礼させていただきます」
「あっ!? ちょっ……!!」
アンリが一直線にクローゼットのもとまで向かう。僕がそれを阻止しようと動く前に、アンリはクローゼットを開けてしまった。中には当然、身体を丸めているリナの姿があった。
お……終わった……。