ある日の設楽圭の朝
「んー」
軽やかな機械音に目を覚まし、そのままゴロゴロ。
何分かそうしていると、階段を上る足音が聞こえた。
「圭くん、起きとる?朝やよ」
自室の扉が開く音と共に、ゆっくりとした祖母の声が聞こえる。
「起きてるよ。おばあちゃんありがとう」
「そう、良かった。今日は圭君の好きな味噌汁やよ」
それだけ言うと、祖母は居間に戻って行った。
素早く着替えて、祖母を追うように居間に入る。
「おじいちゃん、おばあちゃん、お兄ちゃん。おはよう」
いつも通り、居間に入るのは自分が最後だった。
「圭くんおはよう」
祖父は、自分の席に腰かけて新聞を読んでいる。
老眼鏡をかけて、時々唸りながらも一つ一つの記事をしっかり読んでいる。
「圭くん早かったね、おはよう」
祖母は、キッチンに立ってコーヒーを入れている。さっき言われた通り、ちゃぶ台の上には、ご飯と味噌汁と焼き鮭が並んでいる。
「圭おはよう」
兄の翠は、パジャマのままで圭を待っていた。いつも通り彼の周りには、日本史の本が山積みになっている。きっと、講義に遅刻するギリギリの時間まで読んで復習、予習をするつもりだろう。兄は昔からそういう人だということを、弟である圭は理解していた。
祖母が、出来立てのコーヒーをお盆に乗せてこっちに歩いてくる。
「さあ、皆揃ったし食べよか。ほら、翠くんも本下ろして」
兄の翠も、言われた通り、本を下ろしている。
祖父も、読んでいた新聞を片付けて食べる準備をしていた。
「いただきます」
祖母が座ったのを確認してから全員で合掌し、声を揃えて食事を始める。
「あ。圭、塩とって」
「はい」
「おじいちゃんはコーヒーじゃなくてお茶やね?はい」
「おお、ありがとう」
食事を開始した途端に、一気に騒がしくなる食卓。
数分後。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
圭と翠が同時に立ち上がり、食器を流しに運ぶ。
すでに着替えているため、後は歯を磨くのみ。
歯を磨き終えて居間に戻ってきても、家を出る時間まで三十分以上あった。
何をしようかと思案を始めて、とても重要なことを思い出した。
『ねえ』
『ん?』
『明日、早起きしてくれる?』
『ああ、日直だっけ?』
『そう。いつも通りに起きて一人で登校するか、少し早起きして二人で登校するか…どっちがいい?圭が選んで?』
『んー、じゃあ早起きするよ』
『わ、ありがと。じゃあ、いつもの三十分前に迎えに来てね?』
…………………。
忘れてた!
時計を確認すると、時刻はすでにいつもの三十分前。
やばい、もう行かなきゃ!
「行ってきます!」
居間に適当に転がしていたエナメルを肩にかけながら、家を飛び出る。
向かいにそびえ立つ大きな屋敷のベルを鳴らすと、いつも通り侍女が出て来た。
「設楽様、おはようございます。お嬢様ですね?」
「はい」
では、と言って屋敷に戻る侍女。
数分待っていると、大好きなあの子が出てきた。
「圭、おはよう。早起きさせてごめんなさい」
申し訳なさそうに謝る彼女の言葉を遮るように告げる。
「大丈夫だよ。ほら、行こう」
誰よりも大切な近江華恋と二人で登校。
これが設楽圭の日常。