表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
加賀谷高校文芸部の日常  作者: 椎名覇琉
3/5

ある日の近江華恋の朝

『明日は日直だから、早く起こして!よろしく』

 昨晩、侍女とこんな会話をした。


「華恋お嬢様、起きてください。朝です」

お嬢様である華恋の朝は、侍女のこの言葉で始まる。

今日は、侍女の中でも特に仲のいい百合の声で始まった。

んー、と伸びをした後、ベッドから降りて、百合の方を仰ぎ見て聞く。

「圭は、まだ来てないわよね?」

 幼馴染であり、同じ部活の部長・副部長という関係でもある圭とは、毎日二人で登校している。

「はい、まだです」

 百合の報告に安堵しながらゆったりと階段を下りて、一般的なものの二倍を軽く超える大きさのリビングに入り、挨拶をする。

「おはようございます」

 深々と頭を下げて待っても、耳に入るのは華恋と百合の息遣いのみ。

 さすがに不審に思い百合を振り返ると、申し訳なさそうに頭を下げられた。

「お嬢様。旦那様と奥さまは、仕事の都合でアメリカに行かれました。大和様もご一緒です」

「…また、私は置いて行かれたのね」

 両親が仕事の都合で海外に行くのは、幼い頃からだった。幼い頃は一緒に行っていたが、八年前に弟の大和が産まれてから…というより、大和が母のお腹にいる頃から、華恋は日本に一人取り残されている。最近は、一か月ほど向こうに滞在して一日この家に帰って来て、また翌日には違う所に行くことが多い。だから、華恋が両親と弟に会えるのは月に一度くらいだ。最初は寂しかったが、もう慣れてしまった。


「お嬢様、今日の朝ごはんはフレンチトーストですよ。お好きでしたよね?」

 少ししんみりとしてしまったリビングの空気を入れ替えるように、百合が明るく話を振ってくれた。

「ええ、フレンチトースト大好きよ?ありがと百合」

 いえ、これが仕事ですもの。

そう言って百合は、スカートの裾を翻してキッチンに行った。

「お嬢様どうぞ」

 数分経って百合が差し出したのは、綺麗に焼き上げられたフレンチトースト。

「ありがと。百合も一緒に食べましょ?」

「え。さ、流石にそれは…」

「んもう。お父様もお母様もいないから大丈夫よ。もし怒られたら言ってくれたらいいし」

 渋る百合を無理やり座らせ、彼女の分のフレンチトーストを前に置く。

 最初は怖々とした感じだったが、華恋が話を振っていく内に、いつもと同じくらい話すようになった。


 華恋は、家族と海外を飛び回るより侍女と過ごす時間の方が好きだった。

 月に一度しか会えない家族と、ほぼ毎日顔を合わせる侍女。

 どちらかを選べと言われたら、華恋は迷わず侍女を選ぶだろう。

 しかし、そんな華恋には好きな人がいる。家族より侍女、侍女より好きな人。それが華恋の中での優先順位で。

 不意に、リンゴーンと重たいベルの音が響いた。

「ふふっ、来られましたね」

 百合が、穏やかな笑みを浮かべながら玄関に向かう。

 荷物を持って玄関に行くと、予想通りの――愛しい人の姿。

「おはよう華恋」

 その愛しい人が、穏やかに微笑む。

「おはよう圭。いってきます」

 お互い柔らかな笑みを浮かべて、家を後にする。

 華恋にとっての幸せは、愛しい人――圭と登校すること。

 これが近江華恋の日常。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ