ある日の神原唯の朝
ピンク一色、と言っても過言ではない部屋の西側に置かれたベッドで寝返りを打っている、小柄な少女。
それが、この部屋の主、神原唯。
ピピピピッ、ピピピピッ
騒々しい機械音で目を開け、そのままぼーっとすること数分。
「唯―、早く降りておいでー」
階下から二つ上の姉、妃菜の優しい穏やかな声がした。
「はーい」
布団を整え、リビングを続く階段を駆け下りる。
階下から漂ってきた香ばしい香りに腹の虫が反応したことに気付かないふりをして、リビングの扉を開けた。
「おはよー」
「おはよう唯」
いつも通りの挨拶をした唯の目に映ったのは、キッチンで自分の朝食を用意する妃菜と、仕事用の鞄に荷物を詰め込む母。
「こころは?」
唯の妹、こころがいない。いつもならば、眠そうな顔でトーストを咥えながらテレビを見て、妃菜か母に怒られているのだが。確か今日は、こころの所属する陸上部も朝練があったはず。
「こころ?あ、本当起こさなきゃ!」
「ごめん、もう行かなきゃ!こころよろしく!」
こころの部屋に向かう妃菜と、鞄を持って家を出る母・理恵。
こころを起こすのは妃菜の役目だが、今日のように妃菜が忘れていると、こころは起きない。目覚ましは「うるさい」と言って止めながら破壊する始末。
ボーっとしている間に、唯の分のトーストが焼けていた。食器棚から唯専用の浅い皿を出し、トースターで綺麗に焼き上げられた食パンを載せる。ほかほかと湯気が立ち上るそれにバターを塗って、更に、刻まれて異なる容器に入れられている野菜を冷蔵庫から取り出して、唯の朝食の準備は終わる。
いつもは母と姉妹の四人で囲むテーブルに、食パンと、適当に盛り付けたサラダを並べる。時間がないため急ぎながらパンを食べていると、階段を静かに下りてきた妃菜が視界に映った。そして、上の階からはドタバタと足音が聞こえる。
心なしか疲れ気味の妃菜に声をかけた。
「お姉ちゃんお疲れ様。こころ、すぐ起きた?」
唯に声をかけられるとは思ってなかったのか、妃菜の肩が少し震えた。しかしそれも一瞬の事で、すぐに姿勢を正し、
「ありがと。中々起きてくれなくて焦っちゃった」
と、困ったように笑った。
「こころが中々起きないのはいつものことでしょ」
それに応えて笑いながら返事を返す。
「おはよー!」
ドタドタと騒がしい効果音とともに、こころがリビングに入ってきた。学校指定のジャージに身を包み、寝癖ばかりの髪でリビング内を忙しなく走っている。
「こころ、パン焼いてあるからね」
気配り上手な妃菜がパンを焼いていたらしく、香ばしい匂いが漂っている。
「え、パン焼いてくれたの?じゃあ先に食べちゃおー」
言うが早いか、トースターからパンを取り出しマーガリンを塗って自分の席に運ぶこころ。手際はいいが、相変わらず寝癖がぴょこぴょこ揺れているのがおかしい。
「お姉ちゃん、サラダ頂戴!」
こころが、いつもどおり唯が食べているものを横から奪っていく。
ふと時計を見ると、七時を回っていた。
「え、もうこんな時間?こころ、サラダ全部あげるね」
「お、ありがとー!」
急いで食器を流しに運び、学校指定のカーディガンを羽織って家を出る。
「いってきまーす」
今日もいい一日になりそうな予感を感じながら、登校する。
これが神原唯の日常。