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「かみさま、」  作者: 退
5/6

かみさま、ほんとうはわらいたいのです。

 いらないものをいらないと言って。

 欲しくないものを欲しくないと言って。

 必要なものすら切り捨てて。

 何ももたないと吐き捨てて。

 全てを諦めて。

 そして。

 身を守るように、傷つかないように、全てを否定して。

 何も望まず。何も願わず。

 そうすれば、きっと。

 きっと、なんてくるはずもないのに。

 それを分かっていながら、諦めきれないのは。

 私が、弱いからなのでしょう。



 時間が経つのは早いもので、あっという間に日が沈んで、朝になった。

 つまりは、あの騒動から一日が経ったという訳で。

 何をするでもなく、一人きりの家でご飯を食べて、軽く片付けをして冷蔵庫の中身をチェックして。と、何時もどおりの行動をしてから、いつもより少し早めに家を出た。

 昨日、普段クールだと持て囃されている飯塚をあそこまで怒らせてしまったのだ、きっとあの話は広まっていることだろう。

 そして、斎賀統夜が泣いたことも、広まっているはず。

 そんな話が広まれば、無愛想で友達のいない私は嫌な女として、ファンの子だけでなく、クラスの子たちも敵に回してしまうに違いない。

 だから、ベタな展開よろしく、下駄箱は格好の餌食ではないかと思っての行動だったのだが、どうやら無駄足だったようだ。

 私の下駄箱は昨日の記憶そのままの綺麗な状態を保たれていた。

 まだ登校するには早すぎる時間。多分今来ているのは朝練の生徒たちぐらいなものだろう。

 誰もいない昇降口で、思わずため息をついてしまった。

 ……考えすぎだっただろうか?

 まあ、自分が泣いた話を好き好んで広めるような人間はいないので、当然といえばそうなのだろうが。

 少し、腑に落ちなかった。

 私は、それなりに酷いことを言った筈だ。

 本心ではないにしろ、丸っきり嘘でもないそれは、大の大人であろうが不快に思うもののハズで。

 背後にした気配に、正直どう反応していいのか、わからなかった。

「岸本!」

「………………」

 そのまま無視して行こうとする私の前に回り込み、斎賀統夜はまっすぐ私を見据えた。

 少し赤くなった目元に、また泣いたのかと、正直呆れて、泣き虫な彼を思い出してしまった自分に嫌気がさした。

「……通れないのだけど」

 自分でも、低い声だと思った。自分ですらそう思うのだから、相手は尚更で、いつもとは違う私の声音に、その細い方がビクリと小さく揺れた。

 怖いのなら、さっさと退ければいいのに。

「……ねぇ、」

「っ、ごめん!」

 一向に退く気配のない相手に、痺れを切らして口を開けば、言うよりも先に頭を下げられた。

 行動の意図が読めず、思わず眉根を寄せて、自分よりも低い位置になった、色素の薄い茶色の頭を見下ろす。

 なぜ、謝る?

 どうして、頭を下げる?

 意味が分からなかったし、される謂れもない。泣きすぎて脳細胞が死滅してしまったのだろうか?

「…………何のことだか、さっぱりわからないんだけど」

「…、…昨日、俺、無神経なこと言った。自分の誕生日言わないのは理由があるはずなのに、それを責めて…」

 ポツポツと落とされた言葉に、堪らずため息を吐いてしまった。

 無神経?理由?何それ。俺が全て悪いとでも言うの?

 斎賀統夜は、どれほどお人好しなのだろうか。

 いつも教室の隅にいる可哀想な女の子を気にかけて、毎日話しかけて一人にしないようにさせて、笑わないその子の代わりに何時も笑顔で居続ける。

 なんて、お人好し。

 その優しさが、私を苦しめるということも知らずに。

 自然と力がこもった掌に、爪が食い込む。

 気持ち悪い、気持ち悪い、吐き気がする。

 そうやって、その優しさが、私を責め立てるというのに。

「…………それで?何が言いたいの?」

「…な、んだよ、その態度。人がせっかく謝ってや」

「謝ってやってんのにって?」

 不服そうな、怒りとも取れない声を遮って、吐き捨てた。

 ああ、気持ち悪い。胸の中で、色々な感情が、渦巻いて、どうしていいのか、わからなくて。まるで、心まで子供に戻ったようで。やるせなくて。

「貴方、何も悪くないじゃない。なんで、悪くもないのに謝るの?悪いのは全部私なのに!」

 いつまでも醜いまでに過去に縋る自分が。

 諦めたいのに、記憶に残る笑顔が手放し難くて、未練がましく、いつまでも、いつもでも、何も変わりはしないと理解しているのに、それを受け入れるのが怖くて、苛立ちのままに、何もいらないと、必要ないと、それが正しいのだと言い聞かせて人を傷付けて。

 そう、悪いのは、認めることができない私なのだ。

 まだ名前も、温もりも、幸せも与えられていなかったあの子を残してしまったことも。

 有り得ないぐらいお人好しで、これでもかと言うほどに泣き虫で、誰よりも優しい彼を置いて来たのも。

 そのくせに、置いていかれたのは私なのだと、嘆いて。

 悪いのは全部、私なのに。

 なのに、なのに、なのに、なのに!

「っ、だいたい、なんで、そんな簡単に頭下げられるの?自分は悪くないって、わかってるくせに。私が一人でヒステリー起こして勝手に怒ってるだけなのに、なんで謝れるの?」

 頭も、心も、何もかもがグチャグチャで。

 まるで、今まで溜め続けてきたモノが吐き出されていくように、喉を震わせて、声を荒らげた。

 それでも、涙は零れてはくれなくて。

「あ、あの時っ…あの時、お前が傷ついたような顔するからだろ!?」

 怒鳴るような、今にも泣きそうな声に、一瞬言葉に詰まった。

 傷ついたような…?そんなはずない。だって、私は。

 私には、傷ついていい資格なんて、ない。

 だから。

「お前、いっつもつまんなそうにしてさ。何も言わねぇくせに、珍しく口開いたと思ったら、一瞬傷ついたような顔しやがって。俺の方がショックだったし、じゃあ、なんであんなこと言ったんだとか、考えても俺にわかるわけもねーし」

「……だ、から……」

 なんで、貴方は、そんなにも優しいの?

 責めてもいいじゃない。悪いのは私なのだから。

 お前は最低なのだと、罵ってもいいじゃない。

 私は、貴方のその善意を己の感情のままに踏みにじったのだから。

 なのに、なんで。

 その言葉一つ一つに、重みがあって。

 在り来りなセリフなのに、温かみがあって。

 その温かいものが、胸に流れ込んでくる感覚に、違和感しか感じなくて。

 でも、もう、気持ち悪さなんて消えていて。

「…なんで、怒らないのよ。馬鹿じゃないの…?」

「おっ前なぁ!人がせっかく昨日のことは俺が全部悪かったってことにしてやってんのに、その態度はねぇんじゃねーの!気ぃ使って損した!」

 真剣な顔から一変、顔を真っ赤にさせて頬を膨らませる姿に、ああ、いつもの斎賀統夜だと、安心して。

 安心…?私は、何を思っているのだろうか?

 心配なんて、する資格ないのに。

 どこまで、狡いのだろうか、私は。

 全ては、私が原因だというのに。

 それでも、救われたと思ってしまう私は、やはり卑怯なのでしょうか?

 諦めきれていないのに。

 それでも、受け入れたいと思い始めている私は、狡いのでしょうか?

「あ、やっべ。俺、もう行くわ。とにかく、これで仲直りな!」

 タイミングよく鳴ったチャイムの音に、慌て出す斎賀統夜は、口早にそう言うと、私の横を通り過ぎる。

 私は何か言うべきか悩みながら、姿を目だけで追う。そのまま外へ出ると思った背中は、何か思い出したようにこちらを振り返った。

「あ、そうだ!いいか、俺はお前に何言われようと、ちゃんと誕生日は祝うからな!」

「………っ!」

 覚えてろよ!捨て台詞のような言葉を言い残し、恐らくグラウンドへと駆けていくその背中に、結局私は声をかけることが出来ず、無言のまま見送り、そして。

 そして、胸を支配する二つの感情に、そっと歯を食いしばった。


 真綿で首を絞めるように、じわじわと。

 広がって、息ができなくなる。


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