かみさま、なぜですか?
私は、一人を望みました。
きっとそれは大切な宝物を守る子供と同じ行動だったのかもしれません。
そう、まるで子供。
忘れたほうが楽だと思いながら、思い出すたびに辛くなりながら。
それでも、たとえ矛盾していても。
私は忘れたくはなかったのです。
生まれ変わって、十四年が経った。
それは、私が死んで、あの子と彼と引き離された、という意味もあって。
だから、私は誕生日という日を嫌っていた。
祝われるのも嫌で、嫌で。祝福?誰が出来ようか。
意味も見いだせないままに死んで、理不尽に生まれ変わってしまった私の生を、なぜ喜ばなければいけないのだろうか?
こちらでの両親から誕生日を祝ってもらった最後の記憶は、小学校中学年辺りだったはず。
友達、なんていないから、誰も私の誕生日を知らないので、かれこれ七、六年ぐらいだろうか。
なぜ、そのようなどうでもいいことを思い出しているのかと言うと、それは目の前にいる彼、斎賀統夜に理由があった。
彼は何故か、私の誕生日を知っていた。教えた覚えはないのだが、なぜだろうか。
理由は簡単である。
今、彼の手にある、私の生徒手帳が立派な証拠だった。
どこかで落としてしまったのだろう。そして、それを彼が拾った。
こんな感じだろうか。
ああ、失敗した。とわなわなと体を震わせている彼に、即座にそう思った。
いつもは携帯していなはずの生徒手帳を、何を思ったのか今日は気まぐれで持ってきたのだ。そしてそれを落として彼に拾われて、今の状況。ああ、面倒くさい。
「お、おまえ、今日、誕生日だったのかよ!」
「………」
「俺、全然知らなかったぜ!?なんで、そんな大事なこと言わないんだよ!」
余りにも予想通りすぎるセリフに、思わず笑いそうになった。
言ったところで、どうなるのだろう。
私の欲しいものでもプレゼントしてくれるというのだろうか。
ああ、気分が悪い。
自分の死んだ日なんて、好きになれるはずもないから当たり前か。
「なぁ、答えろよ!」
「………なぜ、教えないといけないの?」
「……なっ!?」
言葉を詰まらせる彼に、いい機会だと、私は気にすることなく口を開いた。
そう、いい機会だ。
彼には、私を嫌ってもらおう。
今まで以上に、ひどい言葉を言ってやろう。
「なんで、親しくもない相手に、誕生日を教えないといけないの?」
「………っ!」
こわばる表情に、あともう一押しだと、息を吸い込んだところで、思わぬ乱入者が入った。
メガネをかけた彼には、見覚えがある。確か、斎賀統夜の部活仲間だったか。
「………なに?」
「ちょっと言い過じゃないか?統夜は岸本さんの誕生日を祝いたくて…。というか、あんたら幼馴染じゃなかったのか?」
「………あれ、そうだっけ?私には幼馴染なんていない筈だけど」
そう、ここには、いない。
私の知り合いだった人たちも、家族も、夫も、子供も、誰もいない。
だから、嘘じゃない。
泣きそうに歪んでいる斎賀統夜の顔を視界に入れないよう、メガネの男の子へと顔を向けたまま、誰に言うでもなく、もう一度口を開いた。
「というか…飯塚くん…だっけ?私は、斎賀統夜と話をしているのだけれど」
「フルネーム呼びかよ…。なぁ、統夜。この子ホントにお前の幼馴染なのか?」
「……お、れは、…そう、思ってた…」
俯いた彼の表情は伺えなかった。けれど、その方が楽だ。
もう少し、だろうか。
「思ってた?おめでたい頭してるね。ああ、もしかして一度話せば友達ってやつ?面白い冗だ」
そこまで言って、私の声は突然の頬の痛みによって遮られた。
衝撃に横を向いてしまった顔はそのままに、視線だけを私を叩いた張本人に向ける。
「お前、言いすぎだろ」
先程まで面倒臭そうにしていた人間の言うセリフじゃないと思いながらも、これが友情かと、しみじみと思う。
他人のために怒れるのはいいことだ。あの子も、こんな子に育ってくれてたらいいな、と考えたところで、無意識に口元に笑みが浮かんでいた。
「…何が可笑しいんだ」
「…別に。ただ、あまりにも友達思いなもんだから」
「……っ、どんだけ人をバカにしたら気がすむんだよ!」
掴みかかりそうな勢いだと思った。
けれど、私の体は引こうとしない。
胸倉を掴まれたところで、先程まで俯いていた斎賀統夜が、飯塚の腕を掴んで制止した。
「正樹、もういい」
「はぁ!?お前言われっぱなしでいいのかよ!」
「だからって、暴力はよくねぇよ…」
とても沈んだ声だと思った。
これで、もう大丈夫だろう。もう、彼は私には近づかない。
目的は達成した。
だから、いつまでもこの場にいたってしようがないので、今だ掴まれたままの腕を振り払い、その横を通り抜ける。
「私、あんたみたいな奴が一番嫌いなんだよね。だから、もうあんな寒いセリフ言わないでね。気持ち悪い」
斎賀統夜の横を通り抜ける際に呟いた言葉に、彼はこれでもかと大きく目を見開いた。
背後でこちらを振り向く気配がしたけれど、気づかない振りをして、帰路につく。
ああ、これで、やっと私は一人になれる。
誰も、私を気にかけない。気にしない。
でもなんでだろうか。
なぜ、胸が痛むのでしょうか。
理由を知っている筈なのに、私はその気持ちに蓋をして、叩かれた頬の痛みだと、自分に言いきかせた。
そうしなければ、どうしてか、今にも泣いてしまいそうだったのです。
いらないと言ったのは、自分のくせに。なんて身勝手なのだろう。