かみさま、あなたがだいきらいです。
私は、黙り続けた。
誰も、私に話しかけなくなった。
そして誰も、私の名前を呼ばなくなった。
これでいい。
そう、これでいいのだ。
だって、私はこの世界の人間ではないのだから。
誰も私の存在を気にかけなくなったこの状況に、私は不満を抱かなかった。
だって、それを望んでいたのだから。
なのに、なんで。
貴方は、私に構うのですか?
「なぁなぁ、岸本。お前なんでそんなに無口なんだよ」
「……………」
「あ、もしかして照れ屋なんだろ?俺がカッコイイから照れてんだろ!」
「………一旦鏡見なよ」
「お、喋った!」
いつになく喧しい相手に、素っ気なく、それでいて怒るだろう言葉を吐き捨てるように言ったつもりだったのだが、どうやら、彼にはそんな嫌味無意味だったようで。
珍しく口を開いた私に、予想とは180度も違った反応が返ってきた。
とても嬉しそうに笑う彼は歳相応で、きっとあちらの世界でのあの子もこんな感じなのだろうと、ふと思ってしまった。悲しくなるだけなのに、私は彼を見てはいつもそう思ってしまう。
あれから月日は更に経ち、私は小学生から中学生に成長した。
こちらでの両親は相変わらず私のことを疎ましがり、家にあまり帰らなくなった。
もともと共働きで、小学二年辺りから一人で留守番なんてざらにあったので、気にはならなかった。
むしろ、私からすれば二人は他人も同然なので、息がしやすくなったと言える。
生活費だけは律儀に渡されているので、それだけは有難い。
失礼なことだとは思うけれど、事実なので仕方がない。
養ってくれることに感謝はしている、けれど好きになるなんてとうてい出来なかった。
私が喋ったことにより、余計に喧しくなった彼を置いていこうと歩調を早めた筈なのに、何くわぬ顔で横を歩く彼の名は、斎賀統夜と言う。
覚える気なんてさらさらなかったのだが、もう七年にもなる一方的な付き合いで勝手に脳に刻まれてしまったのだ。
チョロチョロと周りを彷徨く姿に、鬱陶しさだけしか抱かない。
確か彼はサッカー部のエースだったか。
チラホラと伺える彼のファンらしい女生徒の鋭い視線に、より鬱陶しさは募っていく。
いつものようにあの子に重ねてしまったことを後悔しつつ、たまたま通りかかった女子トイレに逃げ込んだ。
ここなら入ってこれないだろう。
そして、あの女の子たちの視線からも解放される。いいことづくしだ。
次の授業まであまり時間は残されていなかったが、まあ致し方ない。
私は、誰とも関わりを持ちたくないのだ。
私には、何もいらない。
そうしなければ、忘れてしまいそうで、怖いから。
あの幸せだった日々を、あの子の顔を彼の表情を、何もかも忘れてしまいそうで、苦しい。
あの日のことも、忘れたくない。
あの日、私は確かに幸せだったから。
「は、はは…っ。ばかだ、私…」
思わず呟いた声は、ひどく掠れていて、とても自嘲じみていた。
縋っていても、どうせ、願いなんて叶わないのに。
祈っていても、実りもしないのに。
あの日、生きていることを、無様だと思った。
けれど、この縋り付いている姿のほうが、もっと無様で、みっともない。
気づいている。
もう会えないって。
知っている。
前の私は、もういないって。
なんで、覚えているのだろう。知っているのだろう。
これなら、忘れてしまったほうが、楽な筈なのに。
なんで、忘れたくないのだろう。覚えているのだろう。
矛盾している。そう、矛盾だらけ。
忘れたくないのに、忘れられないことを責めるなんて。
本当に馬鹿だ。
でも、それでも、会いたいのです。
どうしても、会いたくて。
会話なんてできなくていい。目が合わなくてもいい。気づいてもらえなくてもいい。
だから、もう一度この目に、彼とあの子を焼き付けたい。
なのに、私はここにいる。
矛盾の中で生きている。
チャイムの音に、俯けていた顔を上げた。
もうそろそろいいだろう。斎賀統夜はきっともう授業に向かった筈だ。
念のため泣いていないか頬に触れてみたが、やはり涙なんて零れていなかった。
当たり前か。もう、泣くのは止めたのだから。
一つ大きく息を吸い込み、吐き出して、扉を開けた。
「あ、やっと出てきた!お前、おっせぇよ。もう授業始まっちまったじゃねぇか」
「…………なんで、いんの」
目の前で拗ねたように頬を膨らませる斎賀統夜に、まさかずっとそこにいたのだろうかと、眉根を寄せる。
そして、私の反応が気に入らなかったのか、ただでさえ膨らんでいた頬を更に膨らませた。まるでハムスターのようだ。
そう思ってしまった私は悪くない筈だ。
「急にトイレ入るから、気分悪いのかって心配するだろ、フツー。なのに何だよ、その態度!」
「……はぁ」
意味が、分からなかった。
だから、私を待っていたのだろうか。
なぜ……?
理由は分かったけれど、真意が測れない。
私は無愛想だ。
それは例外なく、誰にでも。
だから、誰も私を気にかけない。それが普通。
なのに、周りと同じように接してきたハズの彼は、私を心配したという。
意味が、分からなかった。
いや、わかる。わかるのだけれど…それを情だと言うには、余りにもちっぽけで。
でも、それと同時に、この世界も悪くはないのだと思ってしまって。
そして。
私はそんな感情に、絶望してしまったのです。
それは、あちらの世界での思い出を否定することに繋がってしまうから。