狭間 3
え…?え、これキス?
キスじゃない…よね!?当たっただけ?
「あの、ヤグチ君…」
「なに?」
「…大丈夫だから」
キスじゃないよキスじゃない。キスなんかするわけないじゃん。
こんな時に。
しかも学校の廊下でなんて。何考えてんだ私。
…でも口に当たった。
当たったけどたぶん、私を安心させるために抱きしめてくれようとして
当たっただけなら、それはキスじゃない。
それでもヤグチはまだ私を抱きしめたままなので、さすがに恥ずかしさが増してきた私は「大丈夫だから」を繰り返した。
「もう大丈夫だから…ありがとう」
おかしな事にそう言いながらも私は、ヤグチに抱きしめられている事が嫌じゃなかった。
恥ずかしいけど嫌じゃない。
一瞬唇が当たったのも驚いたけれど嫌悪を感じてはいない。
ヤグチが来てくれて安心したし、私は明らかにヤグチを心の中で呼んだ。
ツブツブじゃなくてヤグチを呼んだのだ。
ヤグチが私の手を引きに来てくれてこの場から助けてくれる事を、私は確かに願った。
良かった。ヤグチが来てくれたからもう廊下は縮んだり伸びたりしない。
「チャイム鳴ったの?」私はまだ立ち上がれずに聞く。「廊下に誰もいなくなって。そこの教室にも誰もいないんだよ」
「んなわけねぇよ」
ヤグチが軽くそう言うので見ると人がいる。教室にも。
というか結構なギャラリーの中で私はヤグチに抱きしめられていた。
「うわっ!」と叫びながら突き放すようにしてヤグチから離れた。
「教室戻るぞ」とヤグチが言う。
みんな見てたじゃん!
いつから?いつからみんないたの?
教室に戻りながらヤグチに言う。「…でも私放送で呼ばれたんだけど」
人に見られてたのが相当に恥ずかしい。ヤグチと口が当たっちゃったのもみんな見てたのかも…どうしよう…
「いいんだよ、そんなのほっとけば」とヤグチは言った。
ヤグチが言ってるのは放送の呼び出しの事だ。
「でも…」
「行けるの?お前、あっちまで」
ヤグチが向こうの端の方を指差しながら言う。
「オレには廊下がすごく細くなって、向こうがすっげえ遠くに感じたけど?」
「ホントに!?ヤグチ君にもそう見えたの!?」
「そう、それで結構お前も遠くまで行ってたから…だからオレが捕まえた」
「ヤグチ君にも歪んで見えた?向こうの方が」
「…あぁ。それなのにお前バカじゃねえの?高森に変なお茶飲まされて気持ち悪くなってんのに、今日も生物の時に2人きりになろうとするし、今だって放送でのこのこ呼び出されるし」
「…」
「もう単独行動無しな」
さっき唇がぶつかったのも、ヤグチは全く何にも気にしてないみたいだから、ぶつかった事にさえ気付いてないのかもしれない。
廊下にいた子たちに見られたのかもしれないけど、私も普通に話せてるし、ここはもう、その件はなかった事ってことで。
2年4組の教室の前まで戻るとハヅキモエノが飛び出してきた。
「薫ちゃん!…薫ちゃんっ!」
『血相を変えてる人』って言うのを私は初めて間近で見たように思う。
血相を変えたハヅキモエノは言った。「急に薫ちゃんが消えたから!」
「え?」
「薫ちゃんが廊下から急に、ふっ、って消えたからっ!」
消えた!?
私は消えたの?
斜め後ろにいたヤグチに背中を突かれて我に戻り、教室へ移動しながらハヅキモエノにお礼を言った。
「ありがとう。心配してくれて」
「私が守ってあげるから」
ハヅキモエノはそう言った。
「へ?」
「私が薫ちゃんを守ってあげるから!」
「え…」
ハヅキモエノの目は真剣だ。
気押されて「…ありがとう」と私は言う。
「いや」と言ったのはヤグチだ。
「大丈夫だからハヅキ。オレがいるから大丈夫だから」
ふふっ、とハヅキモエノが笑って私に言った。
「『オレがいるから』だって。きゃ~~」
「うるせぇよ」とヤグチが睨む。
ふふっ、とまたハヅキモエノは笑った。




