狭間 1
「保健の時間に言ってたでしょ?」ハヅキモエノは続けた。「山根さんに話をするっていう」
私はうなずく。
「そういう、特別にこんな話をしよう!って感じじゃなくても私、山根さんと普通に話をしたい。…んだけど、山根さんはいや?」
「…いやじゃないけど、私…本当は人のいろんな話聞くの苦手だし、自分の事もあんま、そこまで喋るの好きじゃない感じなんだけど」
うんうん、とハヅキモエノはうれしそうにうなずき、笑いながら言った。
「そういうところも好き。私たぶんヤグチより余計に山根さんの事好きだと思うんだけど」
「え?」
…え?
「今日の放課後の水槽運びも山根さんが一緒だから、何かものすごく楽しみなんだよ」
「楽しくなんかないよ。気持ち悪いよ、あの水槽。最初あの水槽見たときだって…」
「ふん?」
「あ、ううん。何でもなかった」
私達はトイレを出る。
どうしよう…ハヅキモエノに好きだって言われた。嬉しいけど、嬉しいけどでも、ヤグチよりっていうのは…
考えながら女子トイレを出たすぐの廊下の壁にヤグチが寄り掛かっていた。
通りかかる女子も男子もヤグチの事をちらちら見ていく。
私?私の事を待ってたの?女子トイレのこんな近くにいたら変に思われるぞヤグチ。
「ハヅキ」とヤグチが呼んだ。
なんだ私じゃないのか。
「何?」
「桜井から何か聞いた?」
「何の話?」
「山根の事」
「山根さんの事って何?」
「まぁいいや」とヤグチが言う。
「ふん?」ハヅキモエノは腑に落ちない、という顔。
「山根さん?」とヤグチが私を呼ぶ。
山根さん?わざわざ人の前で薫って呼んでたのに急によそよそしい。
「オレの事を何て呼んでる?」
オレの事を何て呼んでる…
いきなり何を聞かれたのかわからなくて心の中で反芻すると、「オレの名前、何て呼んでんのかって聞いてんの!」と強く言われてビクッとしてしまう。
「え…ヤグチ君の事?…ヤグチ君?」
ヤグチが私を睨む。「心の中でオレの事何て呼んでる?」
「え…と別に何とも…」
ちっ、舌打ちしてヤグチはもう一度聞いた。
「心の中では何て呼んでる?」
「…ヤグチ」
「やっぱな…それでいつから?」ヤグチが不機嫌に聞く。「いつからオオツブの事、名前で呼んでんの?」
返答に詰まる。
「ヤグチ君は薫ちゃんに下の名前で呼んで欲しいんだね?」
ハヅキモエノが嬉しそうに口を挟むと、ちっ、とヤグチがまた舌打ちして、ハヅキモエノはさらに笑った。
「可愛いねヤグチ君」とハヅキモエノは私に同意を求める。
いや、可愛いとは思わないけど。
「薫ちゃんの事が大好きなんだね。あ、でも私もモエノちゃん、とか呼んで欲しいな」
ハヅキモエノがそう言うとヤグチは「くそ」と小さく毒づいて、ふいっと私達の前を去った。
「どうなの?」ハヅキモエノがキラキラした目で私に聞く。「薫ちゃんはヤグチ君の事が好き?それともオオツブライ君の方が好き?」
私が驚いて首を振ってもハヅキモエノは続けた。
「じゃあ、どっちの方の事が今気になってる?」
そんなの…
ピンポンパンポーン♪
そこで放送。
「2年4組の山根薫さん、2年4組の山根薫さん。至急、2年担任控室まで。2年4組の山根薫さん…」
私!?




