高森の生物の時間 4
その私と高森しかいなかった理科控室のドアが急に開いた。
ヤグチ?
「ふん?」と高森も動作を止めて聞く。
「どうしたヤグチ。ヤグチは化学だろう?」
「何してんの?」
ヤグチが私達に近付きながら冷たい声で言う。
「山根にちょっと手伝ってもらってる。ヤグチこそどうした?」
「今、2人歩いて行くのが見えたからだよ。薫、」ヤグチが私を呼んだ。
やっぱり私の事、薫って呼んでる。
「お前変なモノ飲まされて気分悪くなったくせに、よくこいつと2人きりになれるな」
「あ…」そう言えばそうか。「でも今授業中だから」
「関係ねぇってバカじゃねぇの」
バカって…
「あぁ心配したのか」
高森は当たり前のようにそう言って、今度は私に嬉しそうに言った。
「心配したんだよ、ヤグチは山根の事」
そうかヤグチは私を助けてくれる気でいたから…
夕べの夢で私を助けるために校舎を走り回ったヤグチを思い出す。そしてスズキナツミの事も思い出す。
今ここにいたかったんだろうなスズキナツミ。
「…ありがとう。でも大丈夫だと思うから」
「いや」とヤグチは言う。「お前らがここから出るまではいるよ」
高森が今度はまじめな顔で私に言った。「かっこいいなヤグチ」
「うるせぇよ」とヤグチは高森を睨んで吐き捨てる。
プリントの用意が出来るまで、ヤグチは腕を組んで黙って見ていた。
「大丈夫だよ」と私はもう一度言ったがヤグチは無視だ。
困るなぁ、と思う。
心配してくれるのはありがたい気もするけど、『お前』って呼ぶのを止めさせる前に、『薫』って呼ばれはじめたのをどうしても止めさせないと。
ツブツブの前で呼ばれたりしたら困る。
いや、ツブツブの前だけじゃなくても誰の前でも困る。絶対に止めさせないと。
私と高森が控室から出ると、ヤグチも一緒に出て化学室に帰って行った。
「ヤグチは結構な感じで山根を好きなんだね」
高森は嬉しそうに言う。
何で高森が嬉しそうなんだ?
「違います。後でヤグチ君から聞きましたけど、私が桜井先生の所に呼ばれた時、ヤグチ君もあそこにいて話を聞いてたって。先生もそれ、知ってるんでしょう?私がみんなの話を聞くのを見届けろって、桜井先生に言われたって。だからなんか義務感みたいなの感じてくれてるんですきっと」
「好きでもない子にそんな事で義務感は感じないよ。ヤグチは良いやつだよ。ツブツブみたいにソフトな感じは出せないんだろうけど」
高森もツブツブって呼んでるんだ…てゆうかそれより私とツブツブの事…
私は急ぎ足で高森よりも先に生物室に戻った。




