高森の生物の時間 3
高森が教室にやっとやって来た。
足で扉を開けたかと思うと、その両手には黒くてでっぷりとしたカエルを捧げ持っていた。
気持ち悪っ!
「キャー」と女子から悲鳴が上がる。
それは伝染して、私とハヅキモエノ以外のほとんどの女子がキャーキャー嫌がり、男子もワーワー騒いで気持ち悪がっている。
「キャー」とハヅキモエノも言うには言ったが、私にはそれが喜んでいるキャーに聞こえたし、実際顔が笑っていた。
高森が貢物を捧げるように、カエルが乗ったままの両手を水槽の上に持って行くと、カエルは「よいしょ」という感じで、高森の手から水槽の中へ自分から落ちて行った。
びちゃんっ、と水槽の中の水が周りに飛び散って前の席の子たちはさらに悲鳴を上げた。
が、ハヅキモエノを横目で見ると、まるで可愛い子犬でも見るような目で微笑んでいた。
「いや、この前の時間の授業でちょっと教材として使ったはいいけど逃げ出しちゃって。まさか水槽から飛び出すとは思わないから」
高森がみんなに説明するが、まだ教室はザワついている。
「授業を割っちゃって申し訳ないんだけど、手を洗ってくるからちょっとだけ自習しといて」
「山根?」高森が私を呼んだ。「ちょっと一緒に来て」
また私か。
私は高森の後をついて生物室を出る。高森が手をピシャピシャと振るので私は顔をしかめた。
「ビイが逃げ出してさ」と高森が私を振り返りながら言った。
びい?
「さっきのカエル。ビイっていうんだけど。教えてなかったっけ?名前」
「…いいえ」
「背中にさ黄色い斑点があるんだけど、それがアルファベットの『B』って字に見えるんだよね。だから付けたの」
だから付けたの、って気持ち悪いぞ高森。
「先生、それってヤバいんじゃないんですか?」
「ヤバい?」
「毒とか」
ハハハ、と高森は笑った。
いや全然おかしくないから。
「今私何で呼ばれてるんですか?」
「あ~宿題のプリント。配るの手伝ってよ」
高森は理科控室に設置されている洗面台の水道で、手を洗ってからゆっくりとタオルで拭き私にプリントを渡してきた。
プリントには『私の優性遺伝』と書かれている。
「山根はどう?生物は難しい?」
「…はい。Ⅰの時はまだなんとなくはわかったような気もしてたんですけど、Ⅱになったらさっぱりです」
「今の1年の子たちと課程が違うの知ってる?」
「何か説明はちょっと受けましたけど、どう違うのかまで詳しくは説明されなかったし、詳しく聞いてもわかんないです」
「まあね。…ねえ山根?優性遺伝の意味わかるよね?優れた形質を受け継ぐ、って意味じゃなくて?」
「えと…、次世代に現れやすい形質?」
「そうそう」高森は優しい顔で私に笑う。




