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「…わかりました」

 分かりましたって言っておこう、と思ったのだ。分かりました以外の答えはここでは『ない』。

「…私はそんな感じで適当に話を聞けばいいだけなんですね?じゃあその、先生が言った3、4人を決めたら先生に報告に来たらいいんですか?いつまでに?」

「報告はいいよ。君が心で思うだけで良い」

「その3、4人はどうなるんですか?誰かの夢に出てそれでその時、その後もだけど、私の選んだ人たちが酷い事になるのは嫌です」

「大丈夫。ただ夢に出るだけだから。本体…というか、この現実の世界では何も変わらんよ」

 …本体?



 「私が選んだ子たちは誰の夢に出るんですか?」

「わからんよ」

「ウソですよね?」

「ていうか仕事だからね」

 何?何言ってんだ?全然わけわかんねぇぞ、じじい。

「私はただ条件が揃った時に事が運ぶように仕向けるのが仕事だから」

「…」条件が揃うって何?

「その子たちが決まってから、誰の夢にどういう感じで出るかが決まるから」



 私は目をつむった。

 今私がいる所は2年の職員控室。私は椅子に腰かけて担任の桜井先生の話を聞いている…

 そう思ってパッと目を開けもう一度周りを見回す。

 高森は今、何か厚い本を読んでいるが、高森が静かすぎて、そして気配を消し過ぎていて、そして桜井の話がわけわからなさ過ぎて、今の説明の後半私は高森の存在を丸きり忘れていた。

 田代ミカは煎餅を食べるのを止め、きちんと机について何か書きものをしている。

 ここはいつもの2年職員控室だ。それに目の前の桜井もいつもの桜井と同じ…はずなのに。

「そうそう、キミとゴトウハルカは似ているよ。君はいつも冷めた目でみんなを見ている」

私は冷たいがゴトウハルカは冷たくない。…と思う。

「そうだな」桜井は言った。

「ゴトウハルカは冷めた目で見てはいるが当たりが柔らかいからな。冷たくはない。が、君なら単なる好き嫌いとかに惑わされる事なく、きちんと人を選べると思う。いや~君が31番で良かったな」



 「先生」と言って私は桜井をじっと見る。

 じっと見返されても、もう私は目をそらさない。私は桜井に一番聞きたかった事を聞く。

「先生は…本当は…」誰なんですか?何者なんですか?

 そう聞こうと思うが聞けない。

 聞いたらもっとまずい状況になるんじゃないだろうか。

「私か?」桜井が言った。「私は神様だよ」

「桜井先生」とたしなめるように言ったのは高森だった。

「うそうそ」と桜井が言って笑った。

「私の事は気にするな」

何言ってんだ桜井。

 お前の事を気にしなくていいのなら、私は速攻でここから脱出している。



 桜井は去年2組の担任だった。私のクラスは5組。

「先生はもしかして去年も?」

「いや、去年はやっとらんよ。去年はそろわんかったから」

「…何がですか?」

「条件が」



 きりがない。

 私はさっぱりわけがわからないままだ。

「そんな事はないだろう?」桜井が笑った。「今粗方説明したじゃないか?」

 ですよね。

「先生は何者なんですか?」改めて聞く。

「何者って」桜井が笑った。「時代劇くさいな。私は君のクラスの担任だよ」

 …ですよね。



 帰ろう、と思った。

 説明は受けたし私は帰ろう。だって断ったってみんなが私の所へ話をしにくるんでしょう?

「先生は私のクラスの…担任ですよね?」

とぼけた事を念を押して聞く私だ。当たり障りのない事を言いたいのだ。

 だって怖いもん。

 「そうだよ」

桜井は私が予想していた返事をした。


 いいのだ。担任で。昨日まで担任だったし、今日も担任だった。明日も桜井は私のクラスの担任だ。

 ふんふん、と桜井がうなずいている。

 高森を見ると優しく笑っていた。高森がこんな風にに柔らかな顔をするところは初めて見た。

 …高森は何者なんだ?



 放送が鳴った。

 誰かは分からないが女の先生の声に「桜井先生、いらっしゃいましたら、

至急職員室までおいで下さい」と言われて、私か?と相変わらずのとぼけた感じで桜井が自問自答する。

「じゃあ山根、そういう事で。気を付けて帰るんだぞ?1階の渡り廊下の所までいっしょに行こう」

 いっしょには行きたくないな。

 それでも促されて立ち上がった私に高森が1枚の紙を渡して来た。

「チェックするのにいるかなと思って」

それは2年4組の名簿だった。私の名前が一番下にあった。

 畳んで制服の胸ポケットに入れると、私はかばんを持って桜井の後から職員控室を出た。



 桜井は年寄りでサンダルばきなのに歩くのが速い。

 この人はなに?人間じゃないの?人間じゃなかったら何?…異世界の人とか?

 ふっ、と桜井の後ろ姿を見ながら失笑する。

 何言ってんだ私。異世界とか。オタクくさ…

 職員控室を出た時に、失礼しますと言って別れたら良かった。早く一人になって、落ち着いてゆっくりと考えたい。



 前を行く桜井のサンダルをずっと見ていたら、急に廊下が一瞬少し斜めになっているような気がした。

 1階への階段を下りる。

 階段が一瞬ぼわっと広がってすぐに元に戻った。

 …ような気がした。頭がクラっとする。

 今度は階段が縮んだ!

 まるで息をするように広がったり縮んだりする。

 気持ち悪い!私の心臓も広がったり縮んだりしているみたいだ。


 「山根?」桜井が階段の途中で私を振り返った。

 歪んでいる。階段が歪んでいる。私のいるここが歪んでいる。

 桜井もぐにょん、と歪んで見えた。

 塗料の剥げた手すりを掴む。耳鳴りがする。「先生…階段が…」

「階段が?」

「…いえ…」



  桜井は立ち止まったまま階段の少し下の段から私を見上げている。

 それから階段を1段、2段と上がって来て、私に手を差しだして来た。「大丈夫か?」

「先生、私やっぱりやりたくないです。人の話なんてあんま聞きたくないんですけど」

消え入りそうな声で言ってみた。

 私は桜井の差し出してきた手を掴まない。ゆっくりと体制を整えて手すりから手を離した。一歩、ゆっくりと足を踏み出して階段を下りる。



 「でもねぇ」と桜井がのんびりと言った。「山根は私が山根にその役をやらすんだと思ってるかもしれないけれど、そうじゃない。言ったよね?山根が聞きたくないと思っても全員が山根の所に来るから。みんなが話すその時には、山根に聞いて欲しいと思って話に来るんだから、聞いてやるほかないだろう?」



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