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スズキナツミ 

 スズキナツミが2年4組の教室も通り越し、先へ進むので私も後を追う。

2組と3組の間にある階段を下り、そして踊り場で立ち止まった。

「今ヤグチヒカルと何話してたの?」

振り向くなりスズキナツミはいきなりそう聞いた。

 この人、今朝の高森との事を聞く時もいきなりこんな風な聞き方をしてきた。今度はヤグチの事だ。他人が何話しているかをすごく気にする子なんだろうか。


「まだ何の話もしてなかったよ」

私はやんわりと答えたが、スズキナツミはふっと笑ってから言った。「映画に行こうって言われてたでしょ?」

そっか聞かれてたのか…聞いていたなら私に聞くんじゃない。

「仕組まれてるんだよ」

私はそう言ってしまって、しまったと思う。

「はあ?」とスズキナツミは眉間にしわを寄せた。

「何て言うか…たぶん罰ゲームみたいな感じなんだよ、ヤグチ君は私にそう言うように言われたの」


 本当の事だ。桜井がヤグチヒカルにそう言う風に仕組んだのだ。

 スズキナツミはあからさまに嫌な顔をした。「誰によ?」

 担任の桜井にだ。でも私は「わかんないけど」と答えた。バカみたい、とスズキナツミが心で言ったのがわかった。



 「今日一緒に行こう」スズキナツミが言う。

どこにだよ?みんな喋りが唐突過ぎる。

 話が通じなかった私に少しイラっとした感じでスズキナツミが続けた。

「高森のとこに行って手伝いするの、一緒に行くよ私が」

「今朝私が言われてた話?」

スズキナツミがちょっと目をそらして恥ずかしそうにうなずいた。



 やっぱこの子高森の事が好きなんだな。この子の点数あと3点くらい減らそうかな。それに私は断ったし、ちゃんと。

「私今日放課後開いてるんだ」

スズキナツミがなおも言う。

「私はちょっと…用事があるから。今朝行けないって高森にも言ったし」

あ、スズキナツミ一瞬すごい怖い顔した。

 マイナス5点、決定だ。



 「ヤグチと約束したから?」

食い下がるなぁスズキナツミ。

「してないよ」

 好きになってくれる男子設定はいらないって、桜井に伝えて欲しいから高森の所にはやっぱり行こうと思うが、スズキナツミを連れては行けない。

「そんな鬱陶しそうな顔しないでよ」スズキナツミが言った。

 マズい。顔に出てたか…。

 でもそっちがまず鬱陶しい事を言ってきたからでしょう?


 

 …ダメだ。気を付けよう。

 なにしろクラス全員が私に話をしにくるのだ。

 どんな話をされたって、鬱陶しいとか、嫌がってるのをいちいち悟られていたらマズい。

 このミッションを終える頃、みんなに私の事を「ヤな感じの人」と思われて、あげくにクラスの大多数からハブられてしまったら、私はただ、桜井のせいで損をするだけになってしまう。

 一緒にご飯を食べてくれてる、ミノリちゃんとサクラちゃんにまで嫌な目で見られたらいしたら…



 スズキナツミは小さい声で続けた。

「1回高森を間近で見たいの」

「え!」大きな声を出してしまい私はスズキナツミに肩をがしっと掴まれ「しっ!」と注意される。

 高森を?と聞くと、うなずくスズキナツミ。

 やっぱりね。好きなんだな、あんな怪しげな高森を。

「高森を…好きなの?」

「う~~ん。好きって言うか…創作のため」

「ソウサク?」きょとんとする私。

「創作活動!」

私に注意したくせにスズキナツミは大声で言って、階段に声が響き自分でびっくりしている。そして急にコソコソ言った。

「同人誌の」

ドウジンシ?



 「私ねぇ」とちょっとスズキナツミが目をそらしてさらに小さい声のまま続ける。「高森とヤグチをモデルにしたBL書いてるの」

「びーえる?」

 あくまできょとんとしている私に、またイラっとしながらスズキナツミは私の耳元で言った。

「ボーイズラブ!もう!」

マジでか!高森とヤグチで!

 一瞬にして高森とヤグチの抱き合うシーンを想像してしまい「うわ~~~」と心の中で大騒ぎをした。



 「だから」とスズキナツミは微笑んだ。

「放課後私も高森のとこ行くから、ヤグチも誘ってみてくれないかな?」

何言ってんだコイツ…人の話を全然聞いてないな。

「ね?」とスズキナツミはなおも微笑んだ。「お願い!1回だけ。2人が間近にいるとこ、この目で見たいの!」

 嫌だし!



 高森は罪深いからいいとして、スズキナツミのBLのネタ作りのためにヤグチまで巻き添えにするのはどうなんだろう…

 なんか面白いような気も十分するんだけど、私がまずヤグチを誘えないし

もちろん高森も私以外が行ったら困るだろうし。

 困ってもいいんだけど、私も一人で行かないと桜井への伝言を話せない。

 本当にただ何か、生物の授業の準備を手伝わせられて終わりだ。

 それにヤグチと高森の抱き合う図がなかなか私の頭から消えない。

 授業が始まったらずっとヤグチが前にいるのに困ったな。ヤグチの背中を見ながら笑ってしまいそうだ。



 「自分で言えば?」

私は思いもかけず…いや確実に思ってたからなんだけど、いきなりきつい言葉をスズキナツミに発してしまった。

 だから友達少ないんだよね私。でもしょうがない。

 スズキナツミもあからさまに嫌な顔をしているけど、しょうがないのだ。


 私ははっきりと断る事にした。

「私は今朝高森には断ったし、ヤグチの事誘わなきゃいけない義務もないもん」

 桜井はクラスみんなの『話を聞く』と言っただけで、その想いを叶えろ、なんて言ってないものね。



 うまい具合にちょうど掃除時間の始まり5分前の予鈴が鳴った。

「じゃあ、私掃除場所に行くから。ごめんね」

スズキナツミを置き去りにして掃除場所に向かうが、それもまたちょっと、本当のところ気が進まない。

 私の掃除場所は渡り廊下で、ヤグチと一緒だからだ。

 ヤグチはよくサボるから、いるかいないかわからないけど今日は絶対いるような気がする。



 …ほら、やっぱりいた。

 今日は私がサボろうかな。

 ヤグチの話も手っ取り早く聞いておきたいんだけど、この掃除場所でさっきの話の続きをされたら困る。

 なぜなら掃除の場所には、私とヤグチの他にカワノリョウヘイとミキモトシホがいて、その私達4組からの4人と、3組からの5人で渡り廊下をそうじするのだが、私の好きなゴトウハルカも一緒なのだ。

 ここの掃除に初めて来た時はラッキーだと思ったのに。

 嫌だな、ゴトウハルカの前でヤグチに絡まれるのは。


 嫌だといくら思っていてもやはりヤグチはすぐに私に近寄って来た。

 ったく。いつもサボってるくせに。






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