ヤグチヒカル
迷ったが私は弁当を食べ終えて仕舞い、やはりヤグチの所へ行く事に決めた。
サクサク済ませて、早く戻ってきてスズキナツミに取りかかろう。
30人分の話を聞くのにいったい何日かかるんだろう。この機会を逃すと面倒くさい。
校舎の外側についている階段を下りていくと
ヤグチは階段の途中に腰を降ろして、ぺロティキャンディーを舐めながら校庭を眺めていた。
私に気付いて手招きをするから、寄っていくと「ここ座って」と隣に腰を降ろさせようとする。
え、嫌なんだけどな。
「山根は腹黒いよな」
動かない私にヤグチがいきなりそう言うので驚いた。怒っても良かったのだろうが、まず驚いて言葉を失っていると「横に座るの、嫌なの?」と聞いてくる。
「…嫌じゃないけど」
「嫌じゃないけど?」
嫌です。
男子とこんな2人きりの所で隣に座って話を聞くなんて恥ずかしい。
ヤグチが座ったまま私を見上げて小首を傾げた。
早く喋ってくれないかな、私に聞いて欲しい事を。さぁ話せ、と思う。この後スズキナツミも捜さなきゃいけないし、もしかしたら向こうも私を捜しているかもしれないし。それで3人終わる。後27人。
がんばれ私。
「オレの事嫌いなの?」
また唐突にヤグチはそう聞いた。
隣には座るのはちょっと嫌だけど、別に毛嫌いしているわけじゃない。私は小さく首を振って見せた。
「なぁ?」とぺロティキャンディーを右の頬から左の頬にカランと移しながら、少し笑ってヤグチが聞いた。
「オレの事どう思ってる?」
ヤグチの事をどう思ってるか…?
誰とでもすぐに普通に話が出来て、わりと目立つ感じのヤグチにイラっとする、と答えるわけにはいかない。
こんな風にあまり親しくない私にまで、どう思ってるかを聞いてくるなんてとこも…
ああ!そうか!
ヤグチも桜井にそうさせられてるわけか!
『どう思ってるかっていう話』を私にしようとしているわけだ。朝から私を「お前」とか呼びやがって…
コイツは誰とでもすぐに当たり障りなく話が出来るし、女子にも見かけでモテてるから、本当は自分が他人からどう思われてるか知りたいんだな。それを私に聞きに来ているわけだ。
そうかヤグチ…でも私は返事がすぐには出来ない。そういう意見を今まで他人から求められた事がないからだ。
「てかさ、何とも思ってない的な?」
ヤグチがちょっと下を向いて言った。
ヤグチは同小で同中で1回も同じクラスになった事も、喋った事もなかったけど、前から顔を知ってる子がクラスにいるっていうのは、相手が意地悪な子でなかったら結構心強いものだ。
2年になって前の席が顔を知ってるヤグチで、頻繁ではないにしろ、私にも他の女子と同じように、普通に喋ってくれて私は少し安心したのだ。
ヤグチの事を私があんまり良く思っていないのは、いろんな人に調子いい感じで、誰とでもうまくやれるから。そしてそれは私が誰とでもは全然うまくやれないから、悔しいだけなんだろう。
それを恥ずかしげもなく、うまくヤグチに伝える事は私には出来ない。
どうしよう。ここはパスしてスズキナツミを捜しに行こうか。
桜井は30人が私の所へ話をしに来ると言った。愚痴とか告白とか相談とか。ヤグチのは相談だな。
私は取りあえずみんなの話を聞けばいいのだと思っていた。相談の場合は意見も求められるのか…面倒くさいな。
「さっきオレがパン食ってる時、怖い顔して見てたよな?」
見てないよ。いや見てたけど、怖い顔はしてなかったはずだ。
私は首を振った。「あれ、私の普通の顔」
ハハハ、とヤグチが嬉しそうに笑った。
「お前、中学の時もオレの事怖い顔で見てた」
「見てないよ!」
それはヤグチが怖かったんだよ。
ヤグチは中学の時、私より背が小さかったけれど、髪の毛を赤茶色に染めて制服から見えるように派手な色のパーカーを着て来たり、ヤンキーぽい感じになっていたのだ。
同じクラスになった事はなかったけれど隣のクラスになった事はあった。、授業が合同である時には一緒になる事もあって、授業を妨害したりする事はなかったけれど、先生の前でもふて寝していたり、派手目な女子に取り囲まれていたり、そういうのが嫌な感じで怖かったのだ。
「今度映画見に行かね?」ヤグチが言った。
また唐突だな。さっきからずっと唐突だ。
「…もしかして私と?」
「そう山根と」
いや、さすがに映画までは…
話を聞くという作業だけでも私には結構気が重いのに。
もう少し時間くれたら、ヤグチをどう思ってるのかうまくやんわりと意見をまとめられるから、と思う。
…あれ…?映画見に行かないかってもしかして…
これはもしかして…私を好きな男子の2人目がヤグチとか?
いやぁ…まさかまさかまさか…
思わずヤグチを見つめてしまったらヤグチも私の事をじっと見つめ返して来て聞く。
「今度の日曜とかどう?」
「ヤグチ君さ、何か昨日くらいから自分の事が自分じゃないような、何か心にもない事やらされてる感とか、そういう感じしない?」
思い余って聞いてしまう私だ。
ヤグチはケラケラと笑って「全然」と答え、立ち上がって私の所まで階段を上がって来る。
「オレら絶対映画の趣味合うから。そんで絶対音楽の趣味も合う」
「山根さん!」階段の上の方からふいに呼ばれた。
スズキナツミだ。
「ごめんヤグチくん」私は近付いて来たヤグチに言う。「私スズキさんと約束してた」
「あ、じゃあオレも一緒に行く」
え、なんで?一緒に教室戻るって事?
「私スズキさんに…なんか相談される事になってたんだよね」
「ダメ」ヤグチが笑った。「オレの話を先に聞けって」
「でもスズキさんに先に約束してたから。ごめん」
スズキナツミの所へ行きかけたがヤグチに手首を掴まれて引っ張られた。
「いたっ!」と声を出してしまう。
「ちょっと!びっくりするじゃん!昼休みが終わっちゃう…」
私はぞんざいにヤグチの手を払いのけ、スズキナツミの元へ階段を駆け上がった。
やっぱり放課後高森の所に行こうかな。そして桜井に出来るだけ早く伝えてもらうのだ。
私を好きになってくれる設定の男子はいらないって。
私も、地味だけど超一般女子高生だから、誰かかっこいい男の子に私を好きになって欲しいと普通に思ってるし、本当はそんなにかっこよくなくてもいいから、優しくていろいろな話ができる彼氏だって欲しいけど、よくわからない桜井の思惑が作動して、無理矢理な感じで好きになってくれる人なんていらない。
よくよく考えれば本当に桜井はムカつく。
いきなりわけのわからない話を振って来て、しかも私を餌で釣ろうなんて。その餌が自分を好きになる男子とか女子高生だと思ってバカにし過ぎだ。




