やたら電話が 3
「心配してくれてありがとう」私は本心から言う。「メールもね、すごくうれしかったんだよ」
ふふっ、とミノリちゃんは笑った。
「でもサクラに怒られそう。あんまり私たちが気にかけ過ぎたり心配し過ぎたりしたら薫ちゃんは気にして、余計いろんな事しゃべれなくなったりするかもって言ってたから。…薫ちゃんからね、話して欲しいって。…あれ?薫ちゃん?え?泣いてんの、もしかして!」
泣いてるよ。「ごめん。すごく嬉しくて何か…涙出てきた」
「え~~、泣かないでよ」
「サクラちゃんも黙っててって言ってたんだけどね、言ったら怒るかな…サクラちゃんもミノリちゃんみたいなメールくれたんだ」
「え~~そうなの?なんだなんだ、そうだったのか、何かちょっと恥ずかしいけど」
「ミノリちゃん…」
「何?どうしたの?」優しいミノリちゃんの声に意を決して私は話す。
「私サクラちゃんの事もミノリちゃんの事も、凄くね、…」
私は恥ずかしさをこらえて口に出した。「好きで大事だと思ってる」
口に出したら嘘っぽく聞こえていないかどうか不安だ。
でもミノリちゃんは「うん」と優しく言ってくれた。
「でもね、私、…私…」
今日見た心の闇の事をどうやって二人に話したらいいんだろう。
「薫ちゃん、心配しなくていいんだよ」
「何を?」と素直に聞く。
まだ何も言っていないのに何の事かと思ったのだ。
「いろんな事をだよ」と言った後にハハ、とミノリちゃんは笑った。
「でも心配だよね、いろんな事。私も心配な事いっぱいあるよ。でも今、心配しなくていいんだよ、って言ってあげたくなったからそう言っただけ。よけい不安になった?」
「ううん」と私は一応言ったが、正直よくわからない。
いつもはそんな事軽く言わないミノリちゃんが急にそんな事を言い始めた事が。
「ちょっと今日、薫ちゃんの雰囲気違ったからって言ったけど、それは本当は違う。私もサクラも、薫ちゃんが今日は全然雰囲気違うとずっと思ってた。オオツブライ君やヤグチ君の事や毎時間の先生たちの絡みもあったけど、それだけじゃなくて、だから私もサクラも放課後残ってた。すごく迷ったんだよ、あの時。私たちが薫ちゃんを連れて帰って上げたほうがいいんじゃないかって。でも薫ちゃんは私たちを早く帰したがってたから」
「…」
私が今巻き込まれている事を二人に話すのは怖い。
私が二人に変人だと思われるのが嫌なのが第一だけど、二人が変な事に巻き込まれるのが怖い。
桜井は誰にも話しちゃダメなんて言わなかったけれど…
「私ね、私、放課後すごい変な目に遭って、サクラちゃんたちに会う前とその後なんだけど、ほんとにずっごい変な事。言っても誰にも信じてもらえそうもない事なんだけど」
「うん」
私の頭にあの暗い場所がよみがえる。
「私はそれを二人に聞いてもらいたいとも思うし、話すのがすごく怖いとも思ってる」
「怖いの?」
「怖いっていうか、今私が巻き込まれている事にサクラちゃんとミノリちゃんが巻き込まれたら嫌だし、私が体験した事はすごく気分の悪くなる事だったからそれを話して…ミノリちゃんたちに嫌だとか変だとか思われたくない」
「すごく嬉しい」とミノリちゃんは言う。
「それは私たちの事が好きだって事だよね」
「うん」
「薫ちゃんをそんなに目に遭わせてるのは桜井先生なの?先生ずっとバカみたいに肩にフクロウ乗せてたけど」
ミノリちゃんの声がいつになくとげとげしくなってきて私はたじろいでしまう。
そしてミノリちゃんはより強い声で言った。
「話して薫ちゃん、全部」
「え?」
「話して」
「…」
「今話せないの?」
ミノリちゃんの口調はキツくて私は言葉を失う。さっきは嬉しいって言ってくれたのに。ていうかこんなミノリちゃん初めてだ。
「はぁ~~~!」とミノリちゃんの強いため息が聞こえて私はさらに委縮してしまう。何か…ミノリちゃんが怖い。
「まさか薫ちゃん」ミノリちゃんがドスの聞いた声で言った。「私の事怖いとか思ってんじゃないでしょうね?」
びっくりだ。思ってしまってました。
「もう!悪いのは薫ちゃんだからね。ちゃんと喋んないから」
「うん」
「私すごく怒ってるんだからね。薫ちゃんをそんな目に合わせてる先生とかに」
「うん」
「それをちゃんと話さない薫ちゃんにもだよ」
「うん、ごめん」
「それはそうと、ヤグチ君にはもう告られた?」
「え!」急に恐ろしいくらい話が変わった。
「え!やっぱもう告られたの?」
「う…ううん」
どうかな?ほぼ告られたって感じがしないでもないけど、だけどどうなんだろう…。
でもチュウされた。
チュウされたのはサクラちゃんとミノリちゃんにもまだ言えないな。ハヅキモエノには確実に告られたって自信があるのに。
「まだ告られてないの!信じらんない!」
どうしたんだろうミノリちゃん、キャラが違ってる。
「あの…あのね、でも」
私は言えないと思ったのにミノリちゃんの気に押されて言ってしまった。
「…でもチュウされちゃったんだけど」
「ヤグチ君に?まじで!!告られてないのにチュウされたの?…そっか、それサクラに教えた?」
「ううん」
「そっか、じゃあ私がこれから電話しとく」
「…え、私がチュウされた事を教えるの?」
「当たり前じゃん、そんな大事な事。やっぱオオツブライ君よりヤグチ君の方が薫ちゃんに合ってるよ。ヤグチ君の方が薫ちゃんの事大事にしてくれる。今日だってずっと守ってくれてたしね、帰る時も。ねぇチュウって放課後?どんな感じで?いきなり?」
「え…あの…」
「わかった、じゃあ、明日ゆっくり聞くから。後、桜井先生とかと絡んでるやつの話も明日全部聞くから。わかった?サクラと私で全部聞くから。明日すんなり話せるように話まとめて全部ゲロしてよ」
「…うん」
ミノリちゃんがゲロって言うなんて…
電話を切った後、ほぉぉ~~、と息をつく。
サイトウ君から預かったメモを、ミノリちゃんが受け取るか受け取らないかもきかずに渡してしまった事を謝るのを忘れてしまった。
今日家に帰るまでに体験した浮足立った数々の変な事も、サクラちゃんとミノリちゃんからの電話で、わけのわからない感じはそのままに、それでもそれは私の中できちんと肯定されたような気がする。
そしてほんわりとそれを薄い膜に閉じ込めて、他人の遠い体験のように感じるほど客観的に、ほっこりした気持ちで電話を切ったとたんにまた電話だ。




