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 第九章 秋のごちそう


 スポーツの秋。


 読書の秋。


 芸術の秋。


 食欲の秋。


 私の秋のテーマは……


 収穫。


 そう、収穫の秋。


 この家の畑には、ゆずの木が二本もある。


 栗の木と、柿の木も。


 大家さんに聞いてみた。


 ゆずは、およそ30年。


 栗は35年。


 柿に至っては、50年。


 なんと半世紀。


 すごい。


 感動。


 とても長い時間、この家とともに過ごしてきた木たち。


 今年は、私もその一員。


 光栄。


 最初に収穫したのは、栗。


 地面にたくさん落ちていた。


 イガの外側を、両足で踏む。


 パカッと割れて、中の実が現れる。


 火バサミで掴んで、カゴへ。


 残ったイガは、一か所に集める。


 昔は燃やしていたらしい。


 だけど今は、簡単に燃やせない。


 素人が焚火して、山火事にでもなったら大変。


 正直やってみたいけど、そんな冒険はしない。


 自然にお任せ。


 バクテリアや虫が、土に返してくれる。


 ゆっくり、ゆっくりと。



 毎日、とんでもない量の栗を拾った。


 以前、モテる男に言われた。


 女性は芋栗カボチャが好きでしょ?


 見透かしたような口ぶり。


 イラっとした。


 私は違うと反論。


 本当はどれも大好き。


 毎食、栗ご飯。


 食べても食べても追いつかない。


 近所の各家庭にも、立派な栗の木がある。


 つまり、お裾分けは逆に迷惑。


 困った。


 樹齢35年の恵み。


 無駄にしたくない。


 こんな山の中まで届けてくれる宅急便屋さん。


 いつも感謝していた。


 栗の話をしてみた。


 大好きだという。


 たくさん持たせた。


 お互い大満足。


 残りは冷凍保存。


 これで、好きな時に栗が食べられる。


 そうこうしているうちに、栗の実がすべて落ちた。


 交代と言わんばかりに、次はゆず。


 ざっと数えて、200個以上。


「オホホホホホ、たまりませんわ!」


 悪役のように笑った。


 ケーキ、和菓子、ジュース、ジャム、ソース、ポン酢、浅漬け。


 他にもたくさん。


 使い道は無限。


 料理好きの私。


 ワクワクが止まらない。


 得意のイタリアンとミックスしたい。


 だけど、その前にひとつ問題。


 ゆずの木にはトゲがある。


 針ぐらいの小さなものから、22口径の弾丸みたいな大きなものまで。


 枝という枝に。


 幹にもびっしり。


 こんな大きなトゲ、初めて見た。

 

 私が欲しければ、これを超えてこい。


 ゆずの木に、お師匠様みたいなことを言われてる気がした。


 では、お言葉に甘えて。


 厚手の長袖に帽子。


 手には革手袋。


 一応、防護眼鏡。


 フル装備で挑む。


 脚立を持ってきて、登る。


 天板には乗らない。


 それがルール。


 順調に収穫。


 草むらにそっと落として後で拾う。


 手が届きそうで、届かない。


 実を掴んで引っ張った。


 取れない。


 強く引っ張って、やっと取れた。


 その瞬間。


 しなっていた枝が私を襲った。


 思わず目を閉じた。


 トゲのついた枝が、防護眼鏡を直撃。


 脚立に登ったまま、身体がしばらく硬直。


 もし眼鏡をしていなかったら、失明していたかもしれない。


 相手は自然。


 すべてが自己責任。


 油断しては駄目!


 自分に言い聞かせた。


 手が届く位置は、だいたい収穫した。


 でも、上にはまだまだたくさん。


 高枝切りバサミが欲しい。


 だけど、支出は抑えたい。


 畑の隅に落ちてた竹の先に、針金ハンガーを括りつけた。


 間にゆずの実を入れて、一気に引っ張る。


 やったぁ!


 ゆずが落ちてきた。


 50個の収穫。


 残りはまた今度。 


 ガラスの搾り器。


 この日のために、Amazonで購入済み。


 半分に切ったゆずを、ぎゅっと押し付けて回す。


 果汁がドバッと溢れ出た。


 青くてみずみずしい香りが、ふわっと広がる。


 思わず目を閉じて、余韻に浸る。


 金色のしずくが、器の底にたまっていく。


 一個で満杯。


 用意していた瓶に、そっと移す。


 こぼさないように。


 慎重に。


 あと49回。 


 同じことの繰り返し。


 単純作業。


 なのに飽きない。


 楽しくて仕方ない。


 ずっと笑顔。


 50個分の果汁が詰まった瓶を見つめる。

 

 いよいよ念願のゆずパスタ。

 

 バターと搾りたてのゆず果汁をあえる。

 

 畑で育てたイタリアンパセリを散らし。

 

 仕上げに、ゆずの皮をすりおろしてパラパラ。

 

 パスタの白。

 

 イタパセの緑。

 

 ゆずの黄色。

 

 美しいコントラスト。

 

 いざ、実食。


 フォークでパスタを巻き取る。


 口に運ぶ。


 酸味。


 香り。


 フレッシュな感覚が、身体中に広がる。


 うー、たまらない美味しさ。


 お店で出せるレベル。


 気分はカフェのテラス席。


 実際は、古民家の縁側。


 でも、これはこれで。


 控えめに言って、最高。


 完食。


 食欲の秋。


 もう一皿食べたい。


 体重を思い出して、我慢する。


 デザートは、もちろん柿。


 収穫に行くと、他の木とは様子が違った。


 柿の実を、数羽の鳥がついばんでいた。


 そして、たくさんの昆虫も。


 樹齢50年の柿の木。


 多くの命を支えていた。


 私も仲間に入れて。


 命をつなぐ実を、一つだけ拝借。


 甘くて、とても美味しかった。


 まだまだ楽しみは終わらない。

 

 搾ったあとのゆず。

 

 湯船にたくさん浮かべた。


 水面はゆずだらけ。


 かなり多い。


 こんな贅沢、やってみたかった。

 

 残りは野菜室に入れてまた明日。

 

 湯気といっしょに、やわらかな香りが立ちのぼる。

 

 体の芯まで、じんわりポカポカ。

 

 肌もしっとりとなめらか。

 

 湯に浸かったまま、脚をそっと水面から上げる。

 

 いつもより美しい。


 まるで映画のヒロイン。

 

 なんだか、ひとりで貸し切りの露天風呂にでも来た気分。

 

 自然と歌までこぼれてしまう。


「くだってぇ、くだってぇ、くだってなんぼー♪」


 すっかりご機嫌。


 これだから山の秋はたまらない。


 お風呂上がりは、ゆずジュース。


 グラスに氷を入れて。


 搾った果汁を、お水とはちみつで割る。


 お風呂上がりの火照った体。


 冷たいゆずジュースが、すっとしみこんでいく。


「ぷっはー」


 至福の一杯。


 今日一日の幸せを噛み締めていた。


 その時、外から鳴き声。


「ミャー」


 みーちゃんだ!


 笑顔で縁側の窓を開けた。


「ミャミャー」


 最高の一日。


 最後はみーちゃんで締める。


 だけど、いつもと様子が違う。


 怪訝な表情。


 あとずさり。


 どうして?


 ……あっ!


 そういえば、猫は柑橘が苦手。


 ゆず湯から上がり、ゆずジュースを飲んだばかり。


「ご、ごめんなさい、みーちゃん」


「ファーーー!」


 き、嫌われた。


 がっくりとうなだれた。



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