第六章 小さな幸せ
まだまだ暖かい11月。
荷物の整理も終わり、畑で野菜作りを本格的に開始した。
このために引っ越してきたと言っても過言ではない。それほど楽しみにしていた。
もちろん無農薬で育てる。
それどころか、雑草とも共存させる。いわゆる自然農法。
一言で自然農法と言っても、やり方はいろいろ。
幸いなことに、私の借りた畑は数年間放置されていて、雑草が生い茂っていた。農薬も化学肥料も使われていない。
つまり、土の中で微生物が育っているはず。自然農法にはもってこいの畑だった。
雑草も無理に刈らない。
野菜より背が高くなり、日照を妨げるものだけを刈って、一か所に集める。そして、あとで作物の根元にまく。
自然のマルチにもなる。水の蒸発を防ぎ、益虫が住み、害虫を倒し、僅かでも自然な肥料にもなる。
土の微生物バランスが良い時は、余計な肥料はかえって害になる。だから化学肥料はやらない。
ほんの少しでも土を掘れば、ミミズがわんさか出て来た。
土の状態が最高の証。
でも、私の弱点。大嫌い。
きわめて自然に、悲鳴を上げた。
裏山とまばらな家の壁でこだま。
どこかで、窓の開く音がした。
ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。
キャベツ、白菜、レタス、水菜、ほうれん草。
ニンジン、ダイコン、ジャガイモ、ニンニク。
ブロッコリー、カリフラワー。
ネギ。スナップエンドウ。
そしてハーブ類。
バジル、イタリアンパセリ、ルッコラ、ローズマリー、タイム、オレガノ、ラベンダー。
さらに、大好きなイチゴも植えてみた。
無農薬、しかもハウスでもないのにイチゴが育つのか?
どうなるのかはわからない。
もうひとつ、やってみたいこと。
それは、泥団子。
中に色々な野菜の種を入れて丸める。
たったこれだけ。
この泥団子を、適当に投げる。
畑の隅に。使ってない場所に。
どの野菜の芽が出るかは、見てのお楽しみ。
同じ畑、土も同じ、水の量もだいたい同じ、日照時間も同じなのに、育ちにばらつきが出た。
キャベツでも、ブロッコリーでも、個体差が大きく出ていた。
農薬をまかないせいか、モグラの穴も多く、足を取られることも多々あった。
それだけじゃない。
下から土をもりもりと持ち上げて、小さな山を作る。どうしてそんなことをするのかわからない。
最初は庭で見つけた。昨日まではなかった。
突然現れた小さな山を、何か分からずしばらく見つめて考えた。
誰かの嫌がらせではないかと勘ぐった。でも違った。
自然の力。奥が深い。大学で習っていない。知らないことだらけ。
山を崩せば、困るのかな?
怒って復讐に来るかも。
相手は穴掘り職人。
玄関前に落とし穴を掘られたら困る。そっとしておこう。
けれど、私が何もしないから、もぐらが調子こいた。
庭も畑も小山だらけになった。
その数、ざっと40~50。
せっかく育った野菜も、根っこから持ち上げられていた。
嘘みたいにピンポイントで。
俺のトンネルだ。物を置くな!
そう言わんばかりに。
困った。
罠を仕掛けて捕まえることもできる。
でも、放置することにした。
相手は哺乳類。見た目はハムスターみたいなもの。
できることなら関わりたくない。
だって……
可愛くて、飼ってしまいたくなるから。
それに、私の田舎暮らしのテーマは共存。
もぐらのいたずらも大丈夫。かわいいもの。問題ない。
畑はもともと彼らの遊園地。
アトラクションを増やしたのは私。
そりゃ、乗るよね。
光栄に思うことにした。
もぐらにも負けず、白菜が大きく順調に育っていた。
だけど、私の知っている白菜と様子が違う。
葉が円形に広がっている。
中央が巻いていない。
育てば勝手にまくものだと思っていたが違った。
ネットで調べる。
気温、土の状態、時期、日照不足。
理由は様々。
素人には見当もつかない。
言われるがまま、葉を集めて縛ってみた。
それでも巻かない。
お前ごときに従うか。お嬢さん。
そう言われている気がした。
まぁ、お嬢さんですって。悪い気はしない。
巻かなかった白菜は、半分に切ると、そこからわき芽が生えてくるらしい。
なにそれ。初耳だ。
白菜のわき芽。
しかも、美味しいらしい。
うん。じゃあ、それで。
初めての収穫は、ネギだった。
畑に行って、土から引き抜く。根っこについた土を払う。
これが、自分で育てた初めての野菜。
嬉しかった。
家に持ち帰って、洗った。
まな板にのせ、包丁で切る。
新鮮だから音が違う。E♭。心地よい。
我慢できずつまみ食い。
みずみずしい。辛みの中に甘みもある。
農薬の心配はいらない。安心して食べられる。
大好きな納豆に刻んで入れた。
ネギと納豆。
まるでロミオとジュリエットみたいな運命の組み合わせ。
悲劇にはさせない。
残りは味噌汁へ。
とても美味しかった。
そして、次の収穫はジャガイモ。
他の作物と違い、ジャガイモはすくすくと育った。
もぐらにも負けていない。
個体差もあまり出なかった。
だけど、土の中で本当にジャガイモができているのか心配だった。それほど簡単に育った。
ジャガイモの収穫はずっと先の予定だった。けれど、突然の零下に見舞われて、葉が凍結して枯れてしまった。
そのまま二週間置いてから、傷つけないように、遠くから剣スコを足で踏んで土に入れた。
緊張の瞬間。
掘り起こしてみると、予想以上のジャガイモが採れた。
だけど、予想以上のミミズも一緒。
それでも嬉しかった。
欲が出て、さらに掘り起こす。
ふと、動きが止まった。
つい最近まで、毎日朝早くから残業で夜遅くまで働いていた自分が、今はヤッケを着て、長靴を履いて、変な帽子をかぶって、剣スコを畑に挿している。
大嫌いなミミズが土に戻るのを待ちながら。
その姿を思い浮かべたら、おかしくて。
収穫の喜びと合わせて、思わず笑い声が漏れた。
時間に追われていた生活から、突然の田舎暮らし。
人生、何があるか分からない。
いや、分からないように生きる楽しさ。
ジャガイモは、なんと全部で40個も収穫できた。
だけど、小さいのもある。
それに、緑色のも。
ソラニン。
当然、中毒になるから食べてはいけない。より分けて、大丈夫そうなのだけを持って帰った。小さいのは、種芋にしようと暗所で保管。
春になったら、また土に戻してあげるからね。
外の水道で、ジャブジャブ洗った。
水は冷たい。けど、心は温かい。
収穫したジャガイモ。自分で育てたから? 畑のおかげ? 品種? 鮮度? もしかして、もぐらのおかげ?
いや…… まさかミミズ。
まあ、どれでもいい。
肉じゃがにしてみたけど、驚くほど美味しかった。
思わず「嘘でしょ」と言葉が飛び出した。
間違いなく、人生最高のジャガイモ。
ごちそうさま。心から、そう言いたくなった。
これでいい。
幸せ。




