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自分の娘と名乗る少女と暮らす不思議な夏休み

作者: 黒海苔
掲載日:2026/01/11

『多元宇宙の管理者』という作品も投稿しているので、興味があればご覧下さい!

 真っ暗な空間に、二つの影が揺らめいていた。闇の中で、一つの声が弾けるように響く。

「やっぱ人間って……面白!!」

 ルシャと名乗るその存在の声には、子供が新しい玩具を見つけたような無邪気な興奮が滲んでいた。

 もう一つの影——ノアが、どこか疲れたような溜息をつく。

「はぁ、今回は何をしたんですか?」

「ちょっと見てみるか?」

 ルシャの声に、愉快そうな響きが混じる。

「まぁ、はい」

 ノアは淡々と答えた。その声には、これから見せられるであろう光景への諦めが滲んでいた。


 夏の夕暮れが街を茜色に染める頃、大学のキャンパス近くの歩道を二人の若者が歩いていた。

「朝倉未来なのに弱いんですねってなんだよ! 名前が同じだけなのにバカにしやがって……あのクソガキが!」

 朝倉未来——格闘家と同姓同名というだけで、何の関係もない大学生の青年——は、頬を膨らませて憤っていた。その顔は本当に悔しそうで、まだ幼さの残る表情だった。

 隣を歩く夜倉佳子が、共感するように頷く。

「私も佳子さまと同じ名前だからいろいろ言われるのよね……有名人と同じ名前だと生きるだけでも大変だわ……」

 佳子の声には諦めと疲労が混じっていた。二人とも、名前のせいで受ける理不尽な扱いに、長年苦しんできたのだろう。

「はぁ、お互い頑張ろうな」

 未来が肩を落として言う。

「そうねぇ……」

 佳子も力なく答えた。

 その時、背後から軽快な足音が聞こえてきた。二人が振り返ると、一人の少女が息を切らしながら走ってくるのが見えた。

 少女は二人の前で立ち止まると、大きな瞳で二人を見上げた。

「もしかして、お父さんとお母さん?」

 未来は目を丸くした。

「え?……もしかして俺達のこと言ってる?」

 少女は真剣な表情で頷いた。

 佳子が優しい声で尋ねる。

「もしかして、迷子でお父さんとお母さんを探していて、私たちを親と見間違えたのかな?」

 しかし少女——麻衣は、首を横に振った。その目には、迷いのない確信があった。

「違うよ! 私は未来からやって来たあなた達の娘なの!」

 未来は呆然として、それから心配そうに少女を見つめた。

「は?……迷子で精神が狂ったのか?」

 佳子は冷静さを保ちながら、膝を折って少女と目線を合わせた。

「とりあえず、名前を教えてくれる?」

 少女は真っ直ぐに二人を見つめて答えた。

「私の名前は朝倉麻衣。未来からお父さんとお母さんを助けに来ました」

 その言葉には、子供らしからぬ強い決意が込められていた。


 交番の蛍光灯が、夜の闇の中で白々と光っていた。

「捜索願いはまだ来てないですね……」

 制服を着た警察官が、パソコンの画面を見ながら言った。

「そうですか……」

 未来は困惑した表情で答える。隣では麻衣が不機嫌そうに腕を組んでいた。

「だから、迷子じゃないって言ってるでしょ!」

 麻衣の声には、大人を相手にした子供特有の苛立ちが滲んでいた。

 佳子が優しく尋ねる。

「麻衣ちゃんは泊まるところとかあるの?」

「お父さんとお母さんと一緒がいい」

 麻衣は即座に答えた。その目は、まるで当然のことを言っているかのように澄んでいた。

 警察官が苦笑いを浮かべながら言う。

「ごめんねお嬢ちゃん……お父さんとお母さんは警察が探しときますから、もうちょっと待っててね!」

「大丈夫だよ、お母さんとお父さんは見つけたから!」

 麻衣は自信満々に答えた。

「え? 迷子なんじゃないの?」

 警察官が首を傾げる。

 佳子が申し訳なさそうに説明した。

「なんか、私たちをお父さんとお母さんだと勘違いしているようで……」

「勘違いじゃないもん! 写真で見た若い頃のお父さんとお母さんと同じ顔で、名前も一緒なんだもん」

 麻衣は頬を膨らませて反論した。

 警察官が確認するように尋ねる。

「失礼ですが、あなた達が10歳くらいで子供を産んだ覚えはないですよね?」

「私たちは大学で初めて出会いましたので、それはないですね」

 未来がきっぱりと答えた。

「はぁ、そうですか」

 警察官は溜息をついた。

「話なんてどうでもいいよ! 早く家に帰ろうよ!」

 麻衣が未来の服の裾を引っ張る。その仕草は、本当の親子のようだった。

 警察官が提案する。

「とりあえず、警察の方でお嬢ちゃんのことを調べておきますので、何か分かるまではあなた達で預かっていただけませんかね?」

 未来は一瞬躊躇したが、麻衣の期待に満ちた目を見て頷いた。

「一人暮らしなので、夏休みの間しか預かることができませんがいいですか?」

「はい、たぶん夏休みが終わるまでにはお嬢ちゃんのことがある程度調べられると思うので、よろしくお願いしますね。それでは、何かあれば連絡しますね。ルシャ様の御加護があらんことを……」

「ルシャ様って誰です?」

 佳子が不思議そうに尋ねた。

「あの山に神社があるんですけど、そこの神社で祀られている神様の名前ですね」

 警察官は山の方を指差した。

「そうなんですね……私たちは大学に通うために最近引っ越して来たので、ここら辺のことはあまり詳しくないんですよね」

「そうですか。この辺りでは、ルシャ様は強い気持ちがあれば、なんでも願いを叶えてくれると言われているそうですよ。お嬢ちゃんの親が早く見つかるように願っていますね」

 警察官の言葉に、麻衣の表情がわずかに曇った。しかし、それは一瞬のことで、すぐにいつもの明るい表情に戻った。

「それでは、私も麻衣ちゃんのことで何かあれば連絡するので、その時はよろしくお願いしますね」

「はい、分かりました」

 三人は交番を後にした。夜の街に、彼らの足音だけが響いていた。


 夜道を歩きながら、未来が不安そうに呟いた。

「預かるって言っても、俺一人暮らしだけど、大丈夫かな?」

 麻衣が未来と佳子を見上げて、にっこりと笑った。

「そしたら、お母さんと一緒に暮らそうよ!」

「お母さん? あっ! 私のことか……お母さんって言われるのは、慣れないわね」

 佳子は照れくさそうに頬を染めた。それから、未来の方を見て微笑む。

「でも、一緒に暮らすのはいいわよ」

「本当か?」

 未来の声が明るくなった。

「うん。だって、ご飯とか大変でしょ? 私も今、一人暮らしだから、エアコンの節約にもなるしね?」

 佳子の言葉に実用的な理由が混じっているのが、彼女らしかった。

「ありがとう」

 未来は心から感謝の気持ちを込めて言った。

「やった! じゃあ、これから3人でいろいろなことしようよ!」

 麻衣が両手を上げて喜ぶ。

「そうだな! 夏休みの間だけだけど、思い出に残るようなことをしよう!」

「これからが楽しみね!」

 三人の笑顔が、街灯の光に照らされていた。誰もまだ知らない。この夏が、どんな運命を辿ることになるのかを。


「お父さん起きて!! ラジオ体操行くよ!!」

 未来は布団の中で、麻衣の声に目を覚ました。まだ眠気が残る頭で時計を見ると、朝の6時前だった。

「ラジオ体操?」

 寝ぼけた声で尋ねる。

 佳子が申し訳なさそうに説明した。

「うん、麻衣ちゃんが行きたいって言ってきたの」

「何時にあるの?」

「10分後にあるから急いで準備してね! 私たちは先に行ってるから!」

「10分後!? 流石に今から準備したら間に合わないだろ!」

 未来は慌てて飛び起きた。

 麻衣が心配そうに尋ねる。

「お父さん、行かないの?」

 その瞳に浮かぶ期待と不安の入り混じった表情を見て、未来は決意した。

「よし、男を見せる時が来たようだな!」


 広場に辿り着いた時、未来は息を切らしていた。

「はぁ、何とか間に合った!」

 しかし、麻衣は既に体操を終えた後だった。

「お父さん、遅ーい。もう終わったよ!」

「まじかよ」

 未来は膝に手をついて肩で息をした。

 佳子が慰めるように言う。

「参加賞があるらしいから、それだけもらっとけば?」

「参加賞ってシールとかだろ? 流石に、いらないかな……」

 未来は疲れた表情で断った。

「じゃあ、私たち二人だけもらいに行くね……」

「そうか……じゃあ、先に帰っとくね……」

 未来は肩を落として家路についた。


 しばらくして、玄関のドアが開く音がした。

「「ただいま!!」」

 麻衣と佳子の明るい声が響く。

「おかえり!」

 未来はソファから身を起こした。

「ラジオ体操って意外といいものだね」

 佳子が爽やかな表情で言った。

「楽しかった!」

 麻衣も満面の笑みだ。

「それは良かったな!」

「じゃあ、ラジオ体操の参加賞で、もらったカニを使って朝ごはんを作ろうかな!」

「やったー!!」

 麻衣が飛び跳ねた。

「ああ、参加賞でカニを貰ったんだな……って、カニ!!!?」

 未来は驚きのあまり立ち上がった。

「いやーびっくりだよね! 私も最初はビックリしたんだけど、他の子供たちが当たり前のようにカニを貰って行くから普通なのかなって思っちゃった!」

 佳子は袋に入った立派なカニを掲げて見せた。

「絶対普通じゃないからね!」

「細かいことは気にせず、早く朝ごはん食べようよ!」

 麻衣が未来の手を引く。

「麻衣ちゃんは朝ごはん何がいい?」

「チャーハン!!」

「じゃあ、今日はカニチャーハンにしよっか!」

「やったー!!」

 キッチンから聞こえる二人の楽しそうな声を聞きながら、未来はこの街の不思議さについて考えていた。


 朝食を終えた後、未来が新聞のチラシを広げた。

「チラシで見たんだけど、ここら辺で、今日の夜に夏祭りがあるらしいよ」

「行きたいー!!」

 麻衣の目が輝いた。

「じゃあ、夜は3人で夏祭りに行くか!」

「やったー!!」

「じゃあ、それまでの間、何したい?」

 未来が尋ねると、麻衣は少し考えてから答えた。

「うーん……折り紙!!」

「じゃあ紙飛行機でも折って、誰の紙飛行機が1番飛ぶのかやってみるか?」

「やりたい!!」


 数分後、未来は既に紙飛行機を完成させていた。

「できたー!! 2人はどんな感じ?」

 佳子は丁寧に折り目をつけながら答える。

「まだ、3割程度かな」

「私もー!」

 麻衣も真剣な表情で折り紙と格闘していた。

「めっちゃ手の込んだものを作っているな」

 未来が二人の作業を覗き込むと、佳子が反論した。

「そんな適当に折った紙飛行機が飛ぶわけないでしょ? 折り紙道に反するわ!」

「折り紙道って何!?」


 数十分後、三人は庭に出て紙飛行機を飛ばしていた。

 佳子の精巧な紙飛行機が空を舞ったが、未来の単純な紙飛行機の方が遥かに遠くまで飛んでいった。

「そんなバカな……私の『サンダーボルト』があんな適当に折った紙飛行機に負けるなんて……」

 佳子は信じられないという表情で呟いた。

「……サンダーボルト?」

「えっ? 知らないの? サンダーボルトはP-47の愛称で、アメリカのリパブリック社が開発し、アメリカ陸軍航空軍などで運用されたレシプロ単発戦闘機のことだよ」

 佳子は当然のように説明した。

「詳しっ! なんでそんなこと知ってんの?」

「えっ? 常識じゃないの?」

「絶対、常識ではないからね!」

 麻衣も悔しそうに言った。

「私も頑張って折ったのに負けた……」

 未来は得意げに胸を張った。

「紙飛行機ってのは、意外と手の込んだものよりもシンプルなものの方が飛ぶんだよ! 勉強になっただろ?」

「大人げない……」

 佳子が小さく呟く。

「これも教育だよ! ハッハッハ!」

「次は負けない!」

 麻衣が拳を握りしめた。

「まだ、やるの?」

「夏祭りまで時間はまだあるでしょ?」

 佳子も闘志を燃やしていた。

「それもそうだな……次も負けないよ!」

「今度こそ勝ってやるんだから!」

「私も、負けないから!」

 こうして、三人の紙飛行機大会は続いていった。


 夏祭りの会場は、色とりどりの提灯で飾られ、屋台の香ばしい匂いが漂っていた。

「久しぶりに夏祭りに来たけど、結構楽しいな!」

 未来が浴衣姿の佳子を見て微笑んだ。

「そうね! 麻衣ちゃんも楽しい?」

「うん!」

 麻衣は綿菓子を頬張りながら嬉しそうに頷いた。

「それは良かった!」

「そろそろ、花火が始まるわよ!」

 佳子が空を見上げた。

「やったー!!」

 未来は二人を見つめながら、心の底から思った。

「これからも、ずっと3人で一緒に入れたらいいな……」

 その瞬間、夜空に花火が打ち上げられた。光と音が空を彩る。

 そして——麻衣の姿が、煙のように消えていった。

「3人?」

 佳子が不思議そうに未来を見た。

「3人じゃなくて2人だな……なんで3人って言ったんだろ?」

 未来も首を傾げた。麻衣のことを、完全に忘れているかのように。

「もしかして、寝ぼけてる?」

「かもな……改めて言わせてくれ! これからも2人でいたい。だから、俺と付き合ってください!!」

 未来は真剣な目で佳子を見つめた。

「喜んで!!」

 佳子は嬉しそうに答えた。

 二人だけの夏祭り。麻衣という少女は、まるで最初からいなかったかのように、誰の記憶からも消えていた。


 数年の月日が流れた。

 佳子は鏡の前で、自分のお腹に手を当てていた。まだ目立たないその膨らみに、新しい命が宿っている。

「……妊娠したみたい」

 リビングで新聞を読んでいた未来が、顔を上げた。その表情が驚きから喜びへと変わっていく。

「本当か? おめでとう!!」

 未来は駆け寄って、佳子を優しく抱きしめた。

「うん、ありがとう!」

 佳子の目に涙が光る。

「名前はどうする?」

 しばらくの沈黙の後、佳子が静かに言った。

「……あなたが決めて」

 未来は窓の外を見つめながら、じっくりと考えた。そして、ふと何かを思いついたように顔を輝かせた。

「じゃあ、俺の名前は未来と書いてみくると呼ぶ。そしてお前の名前は佳子だ。だから、漢字とか読み方とかは違うけど、未来と過去の子供だから”今”なんてどうだ?」

「うーん……」

 佳子は少し考え込んだ。その表情を見て、未来は別の案を出した。

「じゃあ”いま”を逆から呼んで”まい”、麻衣って名前はどうだ?」

 佳子の顔がぱっと明るくなった。

「うん! いい名前だね!!」

 二人は笑顔で抱き合った。まだ見ぬ我が子——麻衣の誕生を、心から楽しみにしながら。


 出産予定日の朝、病院は慌ただしかった。

 陣痛が始まってから数時間。分娩室の前で、未来は落ち着きなく歩き回っていた。時折聞こえる佳子の苦しそうな声に、胸が締め付けられる。

 そして——。

 赤ん坊の泣き声が聞こえた。

 未来は安堵の息をついた。しかし、その直後、分娩室の中が急に騒がしくなった。医師や看護師が慌ただしく動き回る音。緊迫した声。

 扉が開き、医師が深刻な表情で出てきた。

「朝倉さん……」

 その言葉を聞いた瞬間、未来の世界が止まった。


 分娩室に駆け込んだ未来の目に映ったのは、ベッドに横たわる佳子の姿だった。その顔は安らかで、まるで眠っているようだった。

「嘘だろ!! 嘘だと言ってくれ!! 佳子!! おい、佳子!! 目を覚ませよ!!」

 未来は佳子の手を握りしめた。その手は、まだ温かかった。

「おい、元気な女の子だよ!! 無事に産まれたよ!! だから目を覚ましてくれよ!!!」

 しかし、佳子は二度と目を開けることはなかった。

 看護師が、小さな命を包んだ布を未来に差し出した。赤ん坊——麻衣は、まだ何も知らずに小さく泣いていた。

 未来は震える手で我が子を抱いた。喜びと悲しみが同時に押し寄せてくる。

「麻衣……お前のせいじゃない。お前のせいじゃないんだ……」

 そう言いながらも、未来の心の奥底には、言葉にできない複雑な感情が渦巻いていた。


 私の名前は朝倉麻衣。

 お母さんは、私を産んだ時に亡くなったそうだ。だから、お母さんは写真でしか見たことがない。

 写真の中のお母さんは、いつも笑っていた。お父さんと一緒に写っている写真では、二人とも本当に幸せそうだった。

 お父さんは私を男手ひとつで育ててくれた。学校の行事にも必ず来てくれたし、料理も頑張って作ってくれた。下手くそだったけど、愛情はたっぷりと感じられた。

 でも、たまに、お母さんのことを思い出して泣いていた。

 私が寝た後、リビングで一人、お母さんの写真を見つめながら涙を流すお父さんを、何度も見てしまった。気づかれないように部屋に戻って、布団の中で私も泣いた。

 全て私のせい。

 私が産まれたから、お母さんは死んで、お父さんは悲しんでいる。

 だから私が何とかしないといけないと思った。

 この町の山に神社がある。その神社にはルシャという神様がいて、強い気持ちがあればなんでも願いを叶えてくれるそうだ。

 この噂が本当なら、お母さんを助けてくれるに違いない。

 私は決めた。お母さんを助けるために、神社に行こう。


 山道は険しかった。

 麻衣は何度も転びそうになりながら、それでも必死に登り続けた。膝には擦り傷ができ、額には汗が流れていた。

「ここが噂の神社かぁ〜」

 頂上にたどり着いた麻衣は、古びた神社を見上げた。

 鳥居をくぐり、本殿の前に立つ。麻衣は深く息を吸い込んで、両手を合わせた。

「ルシャ様! お願いです! 私のお父さんとお母さんを助けてください!」

 その声は、山にこだまして消えていった。

 しばらくの沈黙。

 そして——。

 眩い光が本殿から溢れ出した。麻衣は思わず目を細めた。

 光の中から、一つの影が現れた。

「そなたの願い叶えてあげよう!」

 その声は、どこか楽しそうで、子供が遊びを思いついた時のような響きがあった。

「本当ですか!」

 麻衣の目が輝いた。

 ルシャと名乗る存在は、少女の姿をしていた。しかし、その目には人間離れした何かが宿っていた。

「ああ、だが私がただ単に、助けても面白くない……」

「面白くない?……」

 麻衣は首を傾げた。

「ああ、だから、お前が自分の力で父と母を助けてみせよ!」

「私が……自分の力で?」

「そうだ。お前の母が生きてる時代にお前を飛ばしてやる。そこで、父と母と会い、助けてみせよ!」

 ルシャの目が妖しく光った。

「これは、辛く厳しい旅になる。それでもいいのなら、お前を過去に行かせてやる!」

 麻衣は一瞬だけ躊躇した。しかし、すぐに決意を固めた。

「お父さんとお母さんを助けることができるならどんなに辛くても構いません! どうか私を過去に連れていってください」

 ルシャは満足そうに微笑んだ。

「わかった。それでは、永遠に続く夏休みを楽しんでください!」

 その言葉の意味を理解する前に、麻衣の体は光に包まれた。

 そして——意識が遠のいていった。


 目を覚ました時、麻衣は見知らぬ場所にいた。

「ここが過去かぁ…意外と今と変わってないかな?」

 周りを見回す。確かに建物や風景は、自分の時代とそれほど変わらないように見えた。

「早くお父さんとお母さんを探さないと!!」

 麻衣は山を駆け下りた。


 数十分後、ようやく麓に辿り着いた。

「やっと山を降りれた……」

 息を整えていると、前方から二人の若者が歩いてくるのが見えた。

「朝倉未来なのに弱いんですねってなんだよ! 名前が同じだけなのにバカにしやがって……あのクソガキが!」

 その声を聞いて、麻衣の心臓が高鳴った。

「わぁーなんか変な人がいる……ってあれってもしかしてお父さんとお母さん!?」

「私も佳子さまと同じ名前だからいろいろ言われるのよね…有名人と同じ名前だと生きるだけでも大変だわ……」

 間違いない。写真で何度も見た、若い頃のお父さんとお母さんだ。

「やっぱり、写真で見た若い頃のお父さんとお母さんにそっくりだ!」

 二人の会話が続く。

「はぁ、お互い頑張ろうな」

「そうねぇ……」

 麻衣は走り出した。今しかない。

「もしかして、お父さんとお母さん?」

 未来が驚いた表情で振り返った。

「え?……もしかして俺達のこと言ってる?」

 麻衣は大きく頷いた。

 佳子が優しく尋ねる。

「もしかして、迷子でお父さんとお母さんを探していて、私たちを親と見間違えたのかな?」

「違うよ! 私は未来からやって来たあなた達の娘なの!」

 麻衣の言葉に、二人は呆然とした。

「は?……迷子で精神が狂ったのか?」

 未来の反応に、麻衣は少し悲しくなったが、めげずに続けた。

「とりあえず、名前を教えてくれる?」

 佳子の言葉に、麻衣ははっきりと答えた。

「私の名前は朝倉麻衣。未来からお父さんとお母さんを助けに来ました」

 こうして、麻衣の長い夏休みが始まった——何度も、何度も、繰り返される夏休みが。


 真っ暗な空間。

 ルシャとノアが、麻衣の姿を映し出す光の球体を眺めていた。

「どうだ? 麻衣はずっとこれを繰り返してんの面白いだろ?」

 ルシャの声には、満足感が滲んでいた。

「また、悪趣味な……」

 ノアが溜息をつく。

「悪趣味?……少女の願いを叶えてやっただけだが?」

 ルシャは不思議そうに首を傾げた。

「はぁ、ひとつ疑問に思ったんですけどいいですか?」

「なんだ?」

「なんで夏祭りの時に麻衣が消えたんですか?」

 ノアの質問に、ルシャは楽しそうに答えた。

「ああ、それは過去が変わったからだな」

「どういうことです?」

「麻衣が消えなかったら、ずっと3人で暮らすことになるだろ?」

「夏休みの間だけって話じゃないんですか?」

「夏休みの間、ずっと一緒いたら、普通の人間なら別れたくなくなるだろ? それが大学をやめてでも……」

 ルシャの説明に、ノアは理解し始めた。

「そのまま行けば大学をやめたんですか?」

「まぁな。それで、ずっと3人でいると問題点が発生する」

「問題点? 麻衣の願いも叶い、ハッピーエンドじゃないんですか?」

「そうだ。ハッピーエンドだから麻衣は過去に戻る必要が無くなるだろ?」

「まぁ、そうですね」

「だから、過去に戻った麻衣の存在が消えたのさ」

 ルシャは指を鳴らした。

「ああ、そういう事ですか。じゃあ、麻衣が母を助けるにはどうすればいいんですか?」

「母の死因は麻衣を産んだことだ。だから、母を助けるには麻衣を産まないようにすればいい」

「まぁ、そうですね」

「だから、麻衣は、母を助けるために、自分を産ませないようにするよな」

「まぁ、はい」

「麻衣が産まれないなら、自分を産ませないようにする原因も消えることになる」

「なるほど」

「自分を産ませないようにする原因が消えるから、麻衣が産まれ、母が死ぬ」

 ノアは理解した。完璧な因果のループだ。

「つまり?」

「麻衣が過去でどんだけ頑張っても、母は死ぬのさ」

 ルシャは楽しそうに笑った。

「なるほど……あっ! でも、母を助けることができないなら、麻衣の願いを叶えたとは言えませんよね?」

 ノアの指摘に、ルシャは首を横に振った。

「何を言っている。麻衣が最後に口にした願いは『私を過去に連れていってください』だ。その願いはちゃんと叶えてあげただろ?」

「確かに……」

 ノアは言葉を失った。

「でも、麻衣は同じようなことをずっと繰り返しているから、そろそろ飽きてきたなぁ……」

 ルシャは欠伸をした。

「はぁ、そうですか……」

「次はどの人間で遊ぼうかな?」

 ルシャは新しい獲物を探すように、光の球体を操作し始めた。


 真っ暗な空間に、ノアが一人立っていた。

「はぁ、なにが、『どうだ? 面白いだろ?』ですか……全然面白くありません」

 ノアは呟いた。その声には、冷たい何かが混じっていた。

「どうやら、あの方は麻衣という人間で遊ぶのには飽きて、今は新しいおもちゃを探しているみたいです」

 ノアは光の球体を見つめた。そこには、永遠にループを繰り返す麻衣の姿があった。

「じゃあ、麻衣がどうなってもあの方は気づきませんよね?」

 ノアの口元に、不気味な笑みが浮かんだ。

「そしたら、私が麻衣を『ハッピーエンド』へ導いて差し上げましょう……」


 また同じ朝が来た。

 麻衣は山の上で目を覚ました。記憶は何度目かのループで少しずつ曖昧になっていたが、使命だけは忘れていなかった。

「ここが過去かぁ…意外と今と変わってないかな? 早くお父さんとお母さんを探さないと!!」

 走り出そうとした時、声がかけられた。

「待て、人間よ!」

 麻衣は驚いて振り返った。そこには、ルシャとは違う存在が立っていた。

「あなたは? もしかして、ルシャ様?」

「我はルシャではない。我が名はノア」

 ノアは穏やかな声で言った。

「お主はルシャに騙されたのだ」

「どういうこと?」

 麻衣の心臓が高鳴った。

「このままでは、お主や、お主の親は助からん」

「え?」

「仮に助けられたとしても、歴史の強制力により、史実通りの結果にしかならない」

 ノアの言葉に、麻衣は絶望を感じた。

「じゃあ、どうすれば、お父さんとお母さんを助けることができるんですか!?」

「お前が、歴史の強制力なんぞに左右されない存在になればいい」

「どうやって……」

 麻衣の目に、一筋の希望の光が見えた。

「私が今から、お前を世界そのものにしてやろう」

「世界そのもの?」

「ああ。世界、つまり地球と同じ存在になることによって、お前は地球の歴史を自由に変えることができるようになるのだ」

 ノアの言葉は、甘く優しかった。

「なるほど……」

 麻衣は頷いた。まだ幼い少女には、この提案の本当の意味が理解できなかった。

「あと、お前は今から、世界そのものになる。だからお前が死ねばこの世界が滅びると知れ。だから自分から死ぬことは許さん。何があっても自分から死なないと誓えるなら、今から世界そのものにしてやる」

「はい! 誓います! お父さんとお母さんが助かるなら、私はどうなっても構いません!!」

 麻衣の目には、純粋な決意が輝いていた。

「では、これから徐々にお前と世界を同期していく。頑張ってくれたまえ!」

 ノアは麻衣に手をかざした。淡い光が少女を包み込む。

 麻衣の意識が、ゆっくりと遠のいていった。


 気がつくと、麻衣は地面に倒れていた。

「いつの間にか寝ていたのか……ノアって奴の話が本当なら、私は今、世界そのものになっているということだけど、あんまり実感はないんだよなぁ〜」

 体を起こして、自分の手を見つめる。

「強いていえば、体が少し熱いくらいだけど……うーん、たぶん、夢だったのかな?」

 麻衣は首を振った。

「はぁ、変な夢を見てしまった。まず、世界そのものってなんだよ! さぁ、切りかえてお父さんとお母さんを探しに行かないと……」


 数十分後、麻衣は山を下りた。

「やっと山を降りれた……」

 そして、いつもの光景が始まる。

「朝倉未来なのに弱いんですねってなんだよ! 名前が同じだけなのにバカにしやがって……あのクソガキが!」

「わぁーなんか変な人がいる……ってあれってもしかしてお父さんとお母さん!?」

「私も佳子さまと同じ名前だからいろいろ言われるのよね…有名人と同じ名前だと生きるだけでも大変だわ……」

「やっぱり、写真で見た若い頃のお父さんとお母さんにそっくりだ!」

「はぁ、お互い頑張ろうな」

「そうねぇ……」

 麻衣は走り出した。

「もしかして、お父さんとお母さん?」

「え?……もしかして俺達のこと言ってる?」

 麻衣は頷いた。

「もしかして、迷子でお父さんとお母さんを探していて、私たちを親と見間違えたのかな?」

「違うよ! 私は未来からやって来たあなた達の娘なの!」

「は?……迷子で精神が狂ったのか?」

「とりあえず、名前を教えてくれる?」

「私の名前は朝倉麻衣。未来からお父さんとお母さんを助けに来まし……」

 その時だった。

 激痛が麻衣の全身を襲った。

「あ……あ……」

 体が、内側から燃えているような感覚。いや、それどころではない。

 世界中の痛みが、一斉に麻衣の中に流れ込んできた。

 森が切り倒される痛み。

 海が汚される苦しみ。

 大気が熱せられる灼熱感。

 氷河が溶ける喪失感。

 全てが、全てが麻衣の体を通して感じられた。

「う……あああああ!!」

 麻衣は倒れた。

「おい大丈夫か?」

 未来が駆け寄る。

「うわ! すごい熱!! 早く救急車を!!!」

 佳子の叫び声が遠くに聞こえた。


 病院のベッドの上で、麻衣は苦しみ続けていた。

「痛い! 痛い! 痛い! 痛い! やめて!!」

「熱い! 熱い! 熱い! 熱い! もうやめて! お願い!!」

「これ以上、私を壊さないで!!!」

 麻衣の叫び声が、病室に響く。

 医者が未来と佳子に説明した。

「このように、ずっと、悪夢でも見てるかのような状態でして……もう、目覚めないかもしれないですね……」

「そんな……」

 佳子の目に涙が浮かんだ。

「どうにかならないんですか?」

 未来が必死に尋ねる。

「私も初めて見る症状でして……最善を尽くしますが、どうなるかは分かりません」

 医者の言葉に、二人は言葉を失った。

 ベッドの上で、麻衣は地球の全ての苦痛を感じ続けていた。

 森林破壊の痛み。

 温暖化の熱さ。

 海洋汚染の吐き気。

 絶滅する生物たちの悲鳴。

 全てが、麻衣という一人の少女に集約されていた。

 そして——これは終わらない。

 麻衣は「自分から死なない」と誓ってしまったから。

 地球の問題が解決されない限り、この苦しみは永遠に続く。


 真っ暗な空間で、ノアが一人呟いていた。

「こんな、私のような怪しい人のことを信じるからこうなるんですよ」

 ノアの声には、満足感が滲んでいた。

「ルシャは麻衣がずっとループをしているのを見て、面白がってましたけど、あれは、全然面白くありません」

 光の球体を眺めながら、ノアは続けた。

「だって、麻衣はループしている時の記憶がないので、ずっとお父さんとお母さんを助けることができずに、苦しみ続けるということがないんですよ」

 ノアは笑った。冷たく、残酷な笑い声だった。

「その点、私がしたのは、麻衣を世界そのものにすること。つまり、地球と感覚を同期していったらどうなるかという実験です」

 光の球体の中で、麻衣が苦しみ続けている。

「徐々に、世界と同期をしていったので、最初はあまり、感覚が共有されてませんでしたが、時間が進むにつれて、感覚がどんどん地球と一緒になっていき、地球が苦しんでいる『森林破壊』や、『地球温暖化』などで、人間を苦しめることに成功しました」

 ノアの目が妖しく光る。

「元はといえば、『森林破壊』や、『地球温暖化』などの問題は、人間が原因なので自業自得と言えますね」

 そして、ノアは最も残酷な事実を口にした。

「あと、『自分から死なない』と誓わせたので、この苦しみは『森林破壊』や、『地球温暖化』などの問題が解決するまで永遠に続きます」

 ノアは満足そうに頷いた。

「やっぱり、人が苦しんでいる姿を見るのが最高に面白いです。これが、私にとっての『ハッピーエンド』です」

 そして、新しい獲物を探すように呟いた。

「次はどの人間で遊ぼうかな?」


 突然、ノアの背後で声がした。

「へぇ〜ノアは私に内緒でこんな面白そうなことをやっていたんですね……」

 ノアは振り返った。そこにはルシャが立っていた。その顔には、楽しそうな笑みが浮かんでいる。

「もう立派にノアと私は『同類』ですね……」

「……はぁ、見てたんですか……」

 ノアは観念したように溜息をついた。

「どうせノアも人間で遊ぶなら私と一緒にしましょう」

 ルシャが提案する。その目は、新しい遊びを見つけた子供のように輝いていた。

「そうですね……次はどの人間で遊びます?」

 ノアも、もはや隠す必要がないと悟った。

「そんなの決まっているじゃないですか……」

 ルシャとノアは顔を見合わせて、同時に笑った。

 そして——。

 二人は、同時に一点を指差した。

 この物語を読んでいる、あなたがいる場所だ。

 ルシャとノアの目が、まっすぐにこちらを見つめている。

 二人の口元に浮かぶ、邪悪な笑み。

「次は……」

「あなたの番です」

 二人の声が、暗闇に響いた。

『Summer Pockets』という作品を参考にして書きました。

最初らへんは、ほのぼのしてましたし、ノアにとってはハッピーエンドなので、嘘はついてません。

面白いと感じましたら、ブクマ、評価、コメント等をよろしくお願いします。

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