美しき言葉、うつろう心
——“をかし”の哲学が芽吹く。言葉と感情、その狭間で清少納言が見つける“本当の美” 。
その頃、私は書くことに取り憑かれていた。
誰かのためにでも、命じられたわけでもなく、ただ心の中であふれてくる言葉たちを、どうしても形にしておきたかったのだ。
春の霞が漂う廊下。薄紅の桜の花びらが風に舞い込んでくる。机の上に散る花弁を見て、ふと筆を取った。
——「春はあけぼの」。
書いた瞬間、胸の奥がすっと晴れるような気がした。
言葉って不思議。目には見えないのに、誰かの心を動かす力がある。
あの日、定子さまが私の書いた和歌を読み上げ、ふっと笑ってくださった時、そのことをはっきり悟った。
『清少納言の言葉には、風があるわね』
そう言って、定子さまは桜の花を指先でひらりと払った。
『形じゃなく、心で感じたままを綴る。それが“をかし”なのだと、あなたを見て思うの』
“をかし”。
なんと美しい響きだろう。可笑しいとも、愛らしいとも、趣深いとも取れる——まるで
感情のグラデーション。
ただの褒め言葉ではない。その中に「生きる喜び」そのものが詰まっている。
けれど、宮中で“をかし”を理解する人は、そう多くはなかった。
「また清少納言が何か書いている」
「才気ばしった女は、やっぱり扱いにくいわね」
そんな陰口が耳に入るたび、筆先が震えた。
それでも私は書いた。
季節の移ろい、人々の表情、香り、光——それらを言葉で残すことが、私の息をするような行為だったから。
ある晩、香炉の煙が静かに立ちのぼる寝殿で、私は定子さまのそばに座していた。
『ねえ、清少納言。あなたはどうしてそんなに書くのが好きなの?』
その問いに、私は少し考えてから答えた。
「たぶん、怖いからです」
『怖い?』
「時が流れて、すべてが消えてしまうのが。人の笑顔も、花の色も。だから書いておきたいんです。たとえ私がいなくなっても、“いとをかし”と思った心が残るように」
定子さまは、少し驚いたように私を見つめ、それから優しく微笑んだ。
『……あなたの言葉、まるで光ね。儚くても、確かに温かい』
その夜、私は涙が出るほど嬉しかった。
誰かに理解されるということ。
それが、どれほど心を救うことか。
翌朝、私は庭に降りた。
露に濡れた若草の匂い、遠くで鳴く鶯の声——それらすべてが、言葉に変わって頭の中を駆け巡る。
「……ああ、これが“をかし”なんだ」
自然の一瞬一瞬が、心を震わせる。
その感情をまっすぐに受け止め、言葉に変える——それこそが生きることそのものなのだと感じた。
だが、言葉は美しいだけではない。
ときに、人を傷つける刃にもなる。
ある日、女房仲間の伊勢が私に言った。
『あなたの言葉は鋭すぎるの。皆、それを恐れているのよ』
「そんなつもりはないのに」
『でも、感じるのよ。あなたが“見透かしている”って』
その言葉に胸が痛んだ。
私はただ、美しさを見つけたかっただけなのに。
けれど、見つめすぎるあまり、人の弱さまでも書き取ってしまう——それが
“才女”と呼ばれる者の宿命なのだろうか。
夜更け、ひとりで灯を見つめながら、私は筆を置いた。
燃える油の光がゆらめき、影が壁に揺れる。
「美しさって、なんだろう」
完璧な姿? 誰も傷つけない言葉? それとも—— 儚くても真実を映す一瞬の輝き?
その答えを求めるように、私はまた紙を取り出した。
書きたい。
書くことでしか、自分を確かめられない。
“をかし”—— その一言に、私のすべてがある。
美しきものを愛し、うつろうものを抱きしめる。
それが、私の生きる形。
やがて季節は夏へと移ろい、私の周りの人々も変わっていった。
だけど、言葉だけは裏切らなかった。
書けば書くほど、世界が色づき、心が透きとおっていく。
そうして私は思う。
“をかし”とは——
この無常の世を、それでも「美しい」と言える力。
悲しみも、孤独も、笑いも。
そのすべてを、光に変える心。
それが、私が見つけた“本当の美”だった。
次回
「嵐の宮廷、儚き光」
——華やかだった宮廷に、黒い影が落ちる。
笑顔の裏に忍び寄る嵐の気配、そして“別れ”の序章——。




