感傷
三題噺もどき―ななひゃくじゅうよん。
窓越しに見える夜空には、暗闇が広がっている。
小さく輝く星はあれども、今にも闇に消えそうなほどに心もとない。
空にあるはずの月は陰に隠れてその姿を見せもしない。
今日は新月だから、いないのも当然なのだけど。それに気づいている人間が果たしてどれだけいるだろうか。
「……」
その闇に紛れて、どこかへと向かっている渡り鳥を、誰が見つけようか。
一羽で真っすぐに飛んでいくアレは、どこへと行くのだろう。
何かから逃げているようにも、何かを追い求めているようにも。
彼はどこで終わりを迎えるのだろう。
その終わりと見届けたいと思う程私はお人好しではないけれど、ひそかに彼の旅に障り事がないことくらいは祈ってもいいだろう。
誰にも見つからない彼の、1人の旅路を。
「……」
なんだか今日は、感傷的になってしまっていけないな。
仕事は終わっているから、支障はないのだけれど。
たまにこういう時があるから、心というモノは面倒なものだと思う。
「……」
少し前に、体を冷やして、変な夢を見たかもしれない。
それとも、昨日の墓場の少年にあてられでもしたかな……。そんなやわなつもりはないのだけど、何があるかわかったものではないからな。
自分の体の事のはずなのに、ままならないと言うのは、いかがなモノなんだろうな。
「……」
それでも仕事だけは終わらせたから、偉いものだとほめてもいいかもしれない。
起きて、朝食を食べて、仕事をして、昼食を食べて、散歩をして、また仕事をして。
いつもの休憩の時間より、少し早く仕事が終わって。
こうして、なんだか感傷に浸っている。
「……」
ううん。らしくもないことをしているのは分かっているのだけど。
机の上にあるパソコンには、デスクトップが表示されている。今日は夏らしく花火が広がっていた。あの砲台のような音からは想像できないような、美しく輝く花が咲き誇っている。
これを初めに作った人間は、さぞ感動したのだろう。今では大きさや形を競うようなこともあるのだから、花火というのも一言では言い尽くせない何かがある。
「……」
そのパソコンから目を離し、また夜空を眺める。
あまり開けることのないこの部屋のカーテンを開いて、何とはなしに時間をつぶしている。ベッドに横たわって、体を動かすたびに軋む音を聞きながら。
時計の針の音が、何かを急かすように聞こえてきて。
「……」
体がだるい、わけでもなく。
思考が鈍い、わけでもなく。
ただ単純に、何かが重い。
「……」
きっと、アイツの作る菓子を食べたら、治るようなものだ。
すぐに忘れてしまうような、よくわからない心象だ。
その程度のモノのはずなのに、訳も分からず重苦しくなる。
「……」
息ができないわけでも、頭が痛いわけでも、腹が痛いわけでもなく。
寒いわけでも、苦しいわけでも……独りでいるわけでもないのに。
そのはずなのに、どこか少し、寂しく思う。
「……」
あの頃なら感じ得なかったことだ。
幼いあの私は知らないものだ。
この日々が当たり前になり、アイツが居ることが当然になり、この温かな日々を知ったからこそ。
「……」
「……ご主人」
「……、」
呼ばれて体を起こすと、部屋の戸を開けた、小柄な青年が立っていた。
私と揃いの瞳で、こちらを見つめる。
「……体調でも悪いんですか」
「……いや、なんでもないよ」
その声色に、呆れのようなものと不安と心配が混ざっていたのが分かったから。
私は安心させるように、ベッドから立ち上がり、机の上に置きっぱなしになっていたマグカップを手に取る。
「……休憩にしましょう」
「あぁ、そうしよう」
この感傷をかき消すためにも。
今日は少し、いつもよりゆっくり、休憩をしよう。
「……何してたんですか」
「何……外を眺めてただけだよ」
「ふぅん……」
「何もしてないさ」
「……うそつきは泥棒のはじまりなんですよ」
「嘘なんてついてない」
「……ならいいですけど」
お題:渡り鳥・星・うそつき