とある絵描きの話
海岸沿いのある家に、1人の絵描きが住んでいた。
絵描きは芸術と名のつくものはなんでも好きだった。絵の才能にしか恵まれなかっただけで、音楽も書き物も創作された美しいもの全てを愛していた。
絵描きには奥さんがいた。それはそれは美しい人だった。奥さんは芸術に興味がなかった。ただ、絵描きが作品にはどこか心惹かれるものがあった。
2人は性格が全く違うのにも関わらず仲良しで、小さな港町に建つ、小さな一軒家に2人だけで住んでいた。
ある日のこと。
絵描きは絵の題材探しのために朝早くから家を出た。
「夜ご飯までには帰ってきてくださいね」
奥さんはそう言って絵描きを見送った。
絵描きはまだ無名だった。しかし人一倍努力家だった。
その日絵描きは、真昼間にも関わらず、暗い路地に小さく明かりがともっているのを見つけた。微かな光に胸が高鳴った。美しいものがある、そう思った。
路地に入って明かりの方へ足を進める。奥に行くにつれて、ツンと鼻を刺す嫌な臭いがする。それでも絵描きは足を進めた。
陽の光が入らないジメジメとしたそこに、2人の人間がいた。2人、といっても1人は立っていてもう1人は転がっていた。
つまりそこには死体があった。
絵描きは思った。なんて美しいんだろうかと。
死体の周りには大きな赤い薔薇が芸術的に咲き乱れ、血の気を失った白い肌を強調していた。
「これは」
絵描きは立っている男に言う。
「すごい。」
男はゆっくりと絵描きを見て一言
「これは芸術だからな。」
そういった。
絵描きは感激した。そうか、そんな考え方もあるのかと。何も今芸術と呼ばれているものが全てではないのだと。この世の美しいもの全てが芸術なのだと。
絵描きは夜、家に帰った。
あいにく、やはり彼にあるのは絵の才能だけだと思い知らされ沈んだ気持ちで夕食を口にした。
しかし絵描きは昼の光景が頭から離れなかった。
だからそれを絵に描くことにした。
朝から晩まで描いた。描いて直してまた描いて。
「少しは休んだらどう?」
そう言う奥さんの声も耳に届かなかった。
でも上手くいかない。納得のいく絵が描けない。何故だ何故だ何故だ。そうか、色が悪いのか。
次の日、絵は完成した。素晴らしい出来だった。
絵描きははやくそれを世に出したくて家を出た。
その絵はたくさんの賞賛を浴びた。それほど美しい絵だった。
家に帰り夕食を作る。今日は気分がいい。
数日後、ドアを叩く音がした。絵描きは絵を描いている途中だったことに腹が立ったがドアを開けた。
その日絵描きは捕まった。小さな家はしんと静まり返っていた。