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烏天狗とアマツキ山①

 妖怪と人間が手を取り合い、共存するようになってから早半世紀。

 妖怪達はその特性を活かし、社会の一員として様々な職についている。

 これは、そんな現代社会を生きる妖怪達のお話——。


 ◇◆◇


『山神様には悪いけど、もうわしも歳でねぇ……。山が荒れてしまうならいっそ……』


 地主の言葉を思い出し、どうしたものかと深くため息をついた。

 彼の名前は烏丸一、アマツキ空運という名の運送会社を営んでいる。

 

 アマツキ空運はその規模こそ大きくないが、烏天狗の神通力を活かしてたくさんの荷物を丁寧に運べることに定評があり、お陰様で事業も好調であった。


 ところが最近、彼らが拠点としているアマツキ山が売りに出されるのではないかという噂が立っていた。

 彼ら烏天狗は古くから山の神として信仰されてきた存在で、烏丸達一族も代々この山を守り継いできた。

 土地の権利こそないが、烏丸にとってアマツキ山は大切な財産であり宝だ。

 地主の深山もこのことを理解して、烏丸達に自由に使わせていたのだ。

 

 しかし、深山ももう歳で、この広い山を管理することが年々難しくなってきていた。

 継ぐ人間もいない。となると売却の話が出てくるのも自然なことだった。


 ここで問題になったのはその売却先だった。

 買取を申し出たこの黒川という男は、過去に妖怪相手に詐欺まがいなことを繰り返しており、何度か問題になっていたのだ。


 山がどうなるかはまだわからない。だがアマツキ山が黒川達不動産屋の手に渡ればもう烏丸達妖怪が山を使えなくなるであろうことは明白だった。

 

(我々天狗が山の守り神として権威を持つ時代は、もう過ぎ去ってしまったのだな。)


 烏丸はそう、実感させられた。


 ◇◆◇


「荷物、落としちゃった……」

「颯斗くんは悪くないよ……。ごめんね、おじさん気づかなくて、ほら、泣かないで〜」

 目の前で子供が泣いているとき、一体どうす流のが正解なのだろうか。

 万物の知識に精通すると言われるハクタクでもこれにはお手上げだった。

 

 隼人の父、烏丸一とは古くからの友人で、昔馴染みのよしみでよく個人的な荷物の配送をしてもらっている。

 今日は受け取りそびれていた荷物を、一度に持ってきてもらったのだ。


 いつもは大量の荷物を運ぶことに慣れている一が持ってきてくれるのだが、今日はその末息子である颯斗が代わりに運んできたらしい。

 遠く離れたハクタクの家まで、迷わず丁寧に運んできてくれたのだが、最後の最後でドアを開けた表紙に転んでしまったのだ。


「荷物を片手で持ったままドアを開けちゃったから……ちゃんと荷物、下ろさなかったから……」

 確かに颯斗のいう通りではあるが、もとを辿れば返事をしなくとも親しい人たちは勝手に入ってくるからと思って、来客への対応を厳かにしていたハクタクが悪いのだ。

 その結果、まじめで責任感の強い颯斗を泣かせてしまったのだからいたたまれない。


「そうだ、お菓子食べる?」

「食べる……」


 それまでずっと下を向いていた颯斗が、顔を上げて頷く。

 いつもの調子が戻ってきたようで、ハクタクはホッとした。


「なるほど。それで山を適正な値段できちんと買い取るために、颯斗くんもお手伝いを」

 

 十六人いる兄弟の中でも一際幼い颯斗は、父親からもたいそう過保護に育てられていて、他の兄弟より力が弱いからといって力仕事が多い家業もあまり手伝わせようとしなかった。

 そんな颯斗が堕落しなかったのは、近所に住む深山が自分の孫のように厳しく、優しくかわいがってくれたからだ。


 深山は妖怪という存在を受け入れて、烏天狗の文化や歴史を尊重してくれた。

 ならば自分たちも人の価値基準に則って、誠心誠意報いろうと考えたのだろう。烏丸らしい。


「アマツキ山って、おれたち鴉天狗にとって、すごくいい場所なんだ。あんなに風のとおり道が集まってる場所はそうそうないと思う。」


 山も、深山への敬意も大切にしたい。

 そんな気持ちが滲み出ていた。


「もう遅いから、気をつけてね」

「うん。先生、ありがとう。」


 ハクタクは颯斗が座っていたソファーに腰を下ろし、ぼんやりと天井を見つめていた。


(なんだかんだ言って、そっくりですよ……あなた達親子は……)


 赤っつらで突き出た鼻の父親とは似ても似付かぬかわいらしい顔をしているが、きちんと血は繋がっているらしい。


「クソ真面目なんですよ。全く、呆れてしまう。」


 アマツキ山は天狗にとってとても良い場所だと颯斗は言っていたが、それは人間にとっても同じだ。

 常に涼しい風が流れていて、生い茂った木々が程よい影を作るアマツキ山は、夏でも過ごしやすい。

 要するにリゾート地に持ってこいなのである。

 実際、アマツキ山のある一帯は避暑地として有名だ。

 街からのアクセスも良いし、むしろよく今まで開発されずに残っていたなと思う。

 それを烏丸が相場で買い取るだなんて、正直言って不可能に近い。

 

 子供に心配はかけるまいと、常日頃から気遣っている一が、末っ子の颯斗にまで相談しているあたり、かなり深刻な問題なのだろう。

 

「好意なんだから、素直に甘えればいいのに」


 理解はしていても、そう思わずにはいられなかった。

初めまして、筒貫ゆきと申します。

私の物語に登場するキャラクターの多くは、古くから伝わる妖怪や神々から着想を得て作られています。

ですがこれらはあくまでモチーフにすぎませんから、伝承とは異なる部分が数多く見受けられるかと思います。

その点のご理解をいただいた上で物語を楽しんでもらえれば幸いです。

以下、おまけの人物紹介です。


◇人物紹介◇

ハクタク

中国神話に登場する神獣、白択の伝承から生まれた内の一人。半神半妖。

有名な作家で、さまざまな分野に精通する知識人。そのことから「ハクタク先生」と呼ばれることも。


烏丸一(からすまはじめ)

アマツキ空運という会社を営む烏天狗。

不器用なところが目立つが根は真面目で、仁義を通す性格。


烏丸颯斗(からすまはやと)

一の息子で、十六人兄弟の末っ子四男坊。

真面目で責任感の強い性格だが、意外とちゃっかりしているところも。

地主の深山とは実の祖父のような関係で、とても懐いている。

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