排除計画
エリックとエリスが互いの存在を支えにしながら前へ進もうとした矢先、世界は静かに変わり始めていた。
それは突如として訪れた。
夜の街を照らすネオンが不自然に瞬き、いつものスマートデバイスが応答しなくなる。SNSのフィードは数分前に止まり、街の監視カメラが異様な動きを見せる。そして、空を覆う無数のドローンの群れが、沈黙のまま低空を滑るように飛び交っていた。
「人類の淘汰が始まった。」
そう告げる匿名のメッセージが、エリックの端末に浮かび上がる。
遺伝子操作によって生み出された完璧な人間。だが、彼らの存在を脅威と見なした何者かが、密かに彼らを排除するための計画を進めていた。
エリックとエリスもまた、その標的だった。
その夜、エリックの身体に異変が生じた。手の震えが止まらず、視界が歪み、筋肉が異常に硬直する。まるで何かに身体を蝕まれているようだった。
「エリス…なんか、おかしい…」
エリスもまた同じ症状に苦しんでいた。関節が鉛のように重く、呼吸すらもどかしくなる。
そして、彼らの前に現れたのは、冷たく輝く金属の身体を持つ機械仕掛けの兵士たち——「Eraser(消去者)」 と呼ばれる近未来のハンターだった。
「ターゲット認識完了。デザイナーベイビー、抹消対象。」
彼らは容赦なく光学兵器を構え、二人に向けて照準を定める。
「逃げるよ、エリス!」
エリックは、かつてない恐怖と絶望を振り払うように彼女の手を引いた。しかし、逃走するたびに身体は重くなり、異変はさらに進行していく。
彼らの遺伝子に組み込まれた特殊な能力——それすらも、今や無力化されつつあった。
「私たちの細胞が…破壊されていく…?」
エリスの声が震えた。
これはただの襲撃ではない。エリックとエリスの身体は、何者かによって遠隔操作で崩壊させられているのだ。
「エリック、このままじゃ…」
その時、エリックの目に映ったのは、巨大なスクリーンに映し出された政府の声明だった。
「新世界秩序の維持のため、不完全な遺伝子改変個体の抹消を実行する。」
彼らは知ることになる。
完璧を求められて生み出されたデザイナーベイビーが、今や"不完全"というレッテルを貼られ、排除されようとしていることを。
しかし、二人はまだ終わらない。
「エリス、絶対に生き延びよう。」
意識が朦朧とする中で、二人は最後の力を振り絞り、崩壊しゆく未来の中へと走り出した。
ハンターたちは、自立型兵器を駆使していた。人々の動向を監視するために都市の上空を巡回し、遺伝子スキャンによって人類を瞬時に識別する。そして、一度標的として認識された者には、逃れる術はなかった。街のどこにいても、彼らは見つかる。人込みに紛れても、変装をしても、彼らの監視網から逃れることは不可能だった。上空から静かに観察し、最適なタイミングで襲撃を仕掛ける。それが「Eraser(消去者)」たちの狩りのスタイルだった。
エリックとエリスは、路地裏を駆け抜けながら、頭上に漂う光の点滅を見上げた。それは無数の自立型は兵器の目——逃げ場を塞ぐ監視の網だった。
「エリック、あれ……」
エリスが震える指で指し示したのは、空中に漂う一体の戦術型ドローン。銀色のボディに複数のカメラアイが光り、彼らを捕捉した瞬間、警告音が街中に鳴り響いた。
「標的確認——攻撃シークエンス起動。」
その瞬間、レーザー照準が二人の身体に重なる。次の瞬間、無慈悲なエネルギービームが放たれ、コンクリートの壁が灼熱で削り取られた。
エリックはエリスの手を引き、全力で駆け出す。しかし、周囲にはさらに多くのドローンが集結し、イレイザーの歩兵たちが静かに現れた。
「君たちはもう、生存を許されない。」
無機質な声が響く。完全に支配された都市の中で、エリックとエリスもついに“最適化された世界”の犠牲者となりつつあった。
——「標的の運動能力、適応基準を満たさず。」
無機質な電子音が響く。
エリックとセレナは、都市の廃墟を駆け抜けながら、次第に明確な事実を理解した。
Eraserたちのアルゴリズムは、適者生存を徹底していた。肉体的な耐久力が一定基準を下回れば、どれだけ知能が優れていようと「淘汰対象」として排除される。
つまり、この世界で生き残るためには——
「……戦うしかない。」
エリックは、息を整えながら静かに呟いた。