試験会場
人々はもう偶然に生まれることを許されていなかった。
生まれるという行為は、かつては神の領域だった。しかし、科学が進歩し、人間の設計が可能になった時、それはもはや親の責任となった。優秀であること。美しくあること。社会に適応できること。これらを子に与えられない親は、倫理的に責められる存在となった。
デザイナーベイビー。
エリックは、この制度の申し子だった。彼は、まるで彫刻のように整った顔立ちをしていた。目は鋭く、光を反射する琥珀のような色合いを持ち、見る者を射抜くような視線を送ることができた。彼の肌は陶磁器のように滑らかで、どの角度から見ても完璧な黄金比を描いていた。髪は艶やかで、わずかに波打つプラチナブロンド。動くたびに光が流れるように変化し、その美しさは人工的に作られたものでありながら、自然界の最高傑作と見紛うほどだった。
彼が歩くだけで、周囲の人間は思わず視線を奪われる。その歩き方一つ取っても、計算され尽くされた流麗な動作。背筋はまっすぐ伸び、どんな場面でも威厳を崩さない。誰もが彼を見上げ、言葉を失う。彼は、社会が求める「理想の人間」そのものだった。彼は、生まれたときから「成功」が約束された人間だった。理想的な対称性を持つ顔、誰をも惹きつける声、瞬時に状況を判断し最適解を導き出す頭脳。彼の人生には「失敗」という概念は存在しなかった。
「次の面接で、どのポジションを希望するんだ?」
エリックの隣で、同じくデザイナーベイビーとして育てられたアステリオスが尋ねた。彼女の声は透き通るような響きを持ち、知性と余裕がにじみ出ていた。
エリックは微笑んだ。その言葉に、嘘はなかった。彼らは、どんな職業でも即座に順応できる能力を持っていた。適応力を最大限に高めるために設計された彼らは、もはや「才能」の有無を考える必要すらなかった。
その日、エリックとカレンは新たなプロジェクトのオーディションに参加する予定だった。AI開発の最前線で、新たな経済戦略を導き出すチームに選ばれるための試験。その試験は、普通の人間なら数ヶ月は準備が必要な内容だった。しかし、彼らには準備という概念がない。
エリックは試験会場に足を踏み入れ、周囲を見渡した。そこには、自分と同じように完璧な人間たちがいた。彼らは全員、社会が必要とする「最適な形」に作られた人間。
まず、正面にいたのはアレクサンドル。身長は190センチを超え、圧倒的な体躯を誇る。彼の筋肉はまるで彫刻のように隆起し、シャツの上からでもその精密な肉体構造がわかるほどだった。握手を交わすだけで、その指先から伝わる強靭な握力に驚かされる。だが、彼の魅力は単なるフィジカルではない。彼は、スポーツ競技だけでなく、瞬時に計算を行い戦略を練る頭脳を備え、実行力においても優れていた。
その隣には、エレノアがいた。彼女の存在は「美」の極致だった。流れるような黒髪は漆黒の絹のようで、指一本動かすだけで見る者を魅了する。彼女の動きには無駄がなく、立ち姿ひとつとっても舞台に立つプリマバレリーナのような気品があった。エレノアはただ美しいだけではない。彼女の声は音楽のように響き、数秒話すだけで相手の心理を読み取り、適切な言葉を選ぶことができた。交渉、外交、カリスマ性を求められる場面では、彼女が最も適した存在だった。
少し離れた場所では、リー・ウェンが静かに座っていた。彼は「静謐なる天才」と呼ばれる存在だった。言葉少なに見えるが、その頭脳は超人的な計算能力を持つ。彼の脳は、量子コンピューターに匹敵する処理速度を誇り、複雑な経済モデルや膨大なデータ解析を瞬時にこなす。彼の目は、情報をデジタルデータのように捉え、どんな些細な異変も見逃さない。
会場には、こうした「完璧な個体」たちが集まっていた。それぞれが異なる分野で極限まで磨かれた存在。
エリックは、静かに息を吐いた。
ここにいる者たちは全員、勝者として生まれ、敗北を知らずに育ってきた。しかし、今、この場にいる以上、誰かが選ばれ、誰かが落ちる。
彼は微笑みながら、試験会場の奥へと足を踏み出した。