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【完結】薔薇の王子、幸運の翼  作者: 黒井ここあ
第三章 勇気、凛々として

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24、竜騎士と片脚の男(2)

 確かに水平線の上にぽつんと、ごま粒ぐらいの黒い点が見えた。


「逃げるのか!」


 ユラムとセルゲイが噛みつきあう。


「馬鹿言ってんじゃねえ! 守るんだよ! アン、キール呼んでこい! 魔法でマストを治させる!」


「あいあいさ!」


 騒然としだした〈花の都〉(カル・ナ・ブラーナ)の真ん中に、ユラムが〈海豹団(シールズ)〉を集めて指示を出した。

 女海賊たちの半分がその場から船に、もう半分は〈ビュロウ〉に向かった。

 厄介事が船に乗って間もなくやってくる。

 そして、上陸させてしまえば、サフィーラ島の悲劇が再び起こるだろう。

 あの時と同じく、平和なオパーラに彼らを招いたのは他ならぬ自分たちだとしか思えない。


「また、俺のせいか」


 セルゲイがだらりと落とした両腕を、突如現れた逆巻く風が包み込む。

 風の精霊が慰めてくれているのか。


「ヴィンドゥール。いるなら逆風であいつらを追い返してくれよ――」


「騎士よ」


 錯覚を覚えた瞬間、声がした。風の精霊か?


「僕が時間を稼ごう」


 セルゲイが見上げた先で竜が飛び、身体と同じ黄金の瞳を光らせていた。エウリッグだ。

 彼は巨躯にもかかわらず、ふわりと騎士の隣に降り立った。


「この〈ビュロウ〉は最後の砦。姉さんがある程度回復するまで、島ごと守らねば」


「違う。奴らの狙いはお前だ、エウリッグ。むざむざ死にに行く気か!」


 ドラゴンの顔色は窺えない。だが、少しの沈黙が彼の覚悟をありありと物語った。


「ならば、なおさら行かねばならない」


 セルゲイは、思わずエウリッグの身体に触れていた。

 そして、長い鼻先の根元にある、星のような瞳をまっすぐに見上げた。


「オーケー。なら、話がある」


***


 セルゲイは〈ビュロウ〉の入り口に仲間を集めて、〈鯱〉を迎え撃つための作戦を共有した。


「お、墜ちないか!」


 まるで自分のことのようにすくみあがったのは、グレイズだ。


「そんな、ドラゴンは馬ではないのだぞ、セルゲイ!」


「ご安心なさいませ、グレイズ様。セルゲイ様はなんでもお達者ですから、大丈夫ですわ」


 震える夫の隣で明るく言うのはマルティータだ。彼女の一歩後ろでイーリスも頷く。


「ええ。マルティータ様がおできになったのよ。騎士ならば余裕でしょうね」


 侍女の重圧的な物言いに、セルゲイは苦笑いを浮かべた。

 だが、彼女の両手が揉み合わされ、くちびるが震えているのに気づいて、少し嬉しくなった。

 彼女なりに心を寄せてくれているらしい。ひょっとして脈ありか?


「『王子近衛騎士セルゲイ・アルバトロス。ヴァニアス史上で初めての竜騎士』と。やっぱり紙が足りないよ!」


 と、嬉しそうに悲鳴を上げているのは、もちろんレイフだ。

 こんな時にまで未来に思いを馳せられる彼こそが、平和のよすがだとさえ思えてくる。


「じゃあレイフ、お前のゴーグル、借りるぜ」


「いいとも! でも返してくれよ。ロフケシアに帰ったら博物館に展示するんだから!」


 セルゲイは硝子と銅でできたゴーグルのベルトをぎゅっと引き締めた。

 出っ張った鼻の付け根の具合が悪いので、ちょうどいい角度を探す。


「それで、脱出は間に合いそうか?」


「もちろん! キールや魔法使いのみんなに頑張ってもらうよ。ねっ」


「うん。まかせて」


 レイフに話を振られて、キールヴェクはしっかりと一つだけ頷いた。

 杖をぎゅうっと握る彼のアクアマリンの瞳に、硬質な光が差し込んでいる。

 セルゲイが初めて見るそれは、きっと、彼の覚悟なのだろう。

 家族を守るという、父親の自覚が芽生えたのかもしれない。いいぜ、そういうの。


「アハハ!」


 一方でユラムは思い切り破顔し、からからと笑っていた。


「しかし、アルバトロスか!」


「鳥の名前で悪かったな」


 口を曲げるセルゲイに、彼女はコケティッシュなウインクを飛ばしてくれた。


「いや、いい。気に入った。お前は絶対に墜ちない! オレが保証する!」


「なんだよ、それ……」


 まだどこか腑に落ちないが、彼女の太鼓判はなぜか嬉しくてまんざらでもない。

 グレイズは思い詰めたような顔で、騎士の前に進み出た。


「セルゲイ。私は、ずっと不安だった。父上に逆らい、マルーを追いかけることが果たして正しいか、つい先ほどまで自信がなかった。ましてや勇気なんて。しかし――」


「そんな、今生の別れみたいに言うなって、グレイズ」


 グレイズの隣に新妻が寄り添う。素敵な二人だ。


「この笑顔を見るため、守るためにここまで来た。来られたのだと今は思う。私に正義を重ね、信じてついてきてくれた仲間を、お前を今度は私が信じる。セルゲイ、お前がいてくれたから、私は勇気を出せたのだ。だからお前も、お前の正しいと思うことを貫くんだ」


「まだ、何も終わってねえよ。礼はそのあとだ」


 王子と騎士は拳をぶつけあった。


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