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【完結】薔薇の王子、幸運の翼  作者: 黒井ここあ
第三章 勇気、凛々として

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24、竜騎士と片脚の男(1)

 釣りに出る者、煮炊きをし、うまそうに頬張る者、会話を楽しむ者、服を交換する者など、〈花の都〉(カル・ナ・ブラーナ)がだんだんと活気づくのに、セルゲイは目を細めた。まるでお祭りだ。

 そうして生命の誕生を喜ぶ人々もまた、誰かに望まれて生まれてここまで生きてきたのだろう。それは失った友人たちも、おそらくセルゲイ自身も。

 そう考えると鼻のあたりがつんとしてきたので、セルゲイは顎を水平線に向けた。

 もしかしたら。騎士は自分の想像力を呪った。俺の家族も今、同じ気持ちをしているんだろうか。

 九つになったセルゲイがドーガス子爵の元に送り出されたとき、自分は家族から棄てられたのだと思った。要らない子だと思うからこそやんちゃも繰り返した。その孤独感を埋めたくて師や同門生、または女の子など、いつでも誰かの隣を求めたのかもしれない。しかしどうだろう。本当に忌み子として棄てられたのなら、家族は子爵家を度々訪れたり、ましてや御前試合に応援など来ないはずだ。だめだ。セルゲイの目じりから熱いものがつうっと落ちていった。

 水平線にほど近いところで空色が白く溶けている。

 まばゆくて、それでいてどこまでも透明に見える。キールヴェクの髪にそっくりだ。

 彼のように恐れようが騎士のように怯えまいが、死の瞬間はある日突然に与えられてしまう。

 それがいつかは誰にもわからない。生とはかくも不確かなものなのか。


「俺、なんで生きてるんだろう。笑えてるんだろう」


 それで、やりきれなさがぽつりと口から出てしまった。


「あら、笑っていいのよ。おめでたいんだから」


「アン」


 焚き火を囲み向かい合って腰を下ろしているユラムの、そして、いつの間にか現れていたアンの視線が騎士の額に刺さっていた。

 里の喧噪から少し離れたここは、少しの静謐さに守られていた。だからかもしれない。喉に詰まっていたもの、胸にわだかまっていたものを吐き出してしまったのは。


「俺さ、親友の人生を壊して、同僚の友だちを亡くして、主には真実を言わないで。国家元首の命から背いて。正義だの、騎士の十戒だの言うくせに、人生ずっと間違ってばっかりだ。〈鯱〉の奴らと変わんねえ。こんな俺だからデ・リキア卿に裏切られて利用されたんだ」


 気づけばセルゲイは、本音をひっくり返していた。零すどころではない。

 セルゲイが俯いた先でぱちりと焚き火が爆ぜて、黒く炭化した薪が崩れ落ちた。


「あんた、それでよく生きてるわね、セルゲイ」


「どっちかってーと、まだ死んでないだけだ」


 騎士が自嘲に頬を歪めると、アンは目に見えて焦った。


「違うわよ。えっと――」


「よく、腐らず真面目に生きてきた。そう言いたかったんだろ、アン?」


「そう、そうよ!」


 うんうん、と頷く海賊娘の隣で、ユラムは自分の膝に肘を預けた。


「オレもあるぜ。裏切られて、心をずたずたに引き裂かれたことが。お前みたいな正直で責任感のある男は、そんなことはしないんだろうな」


 焚き火に青い目を焼きながらユラムが流し目をくれて、セルゲイはどきりとした。


「か、買いかぶりすぎだって」


「いや、お前こそが本物の騎士だよ」


 騎士が本心から恐縮すると、ユラムは拾った小枝を焚き火の中に放り投げた。

 炭が爆ぜて、新入りを激しく歓迎する。


「騎士なんて奴ぁ、そのうち正義を忘れて名誉にしがみつくんだ。金の臭いがぷんぷんする書類上の栄光によ。けどお前は違う。善悪を常にはかっている。それがいいんだ。常に正解なんか選べない。選べるはずが無いんだ。選んだあとしばらく経って、あれは正解だったと思えればいいほうだ」


「そっか」


 セルゲイが素直に感心すると、ユラムは俯いたまま金の前髪を丁寧に耳にかけ直していた。

 その仕草と彼女の切れ長の目元に見蕩れてしまう。睫毛など、金の針のようだ。

 太陽のような金髪と、海の瞳。誰にも媚びることのない、凛とした佇まい。

 それがとてつもなく輝いて見えるのは、彼女が女であると知ったからだろうか。

 そしてこの既視感はなんだろう。わからない。とにかく瞳が吸い付いて離れない。

 よく見れば、日焼けした肌はぱんと弾けそうな若さを湛えている。

 いくつだろう。ぼんやりと考える。そういえば、年齢を聞いていない。自分と同じぐらいか。

 セルゲイが一心不乱に見つめていたユラムの、細い喉が低く掠れた。


「神様の気まぐれにいちいち付き合ってられない。けど、生かされているとは思う。あの日、オレとアンを出会わせてくれた。契約ができた。だからオレは今、こうして生きている」


「契約――?」


 耳慣れない言葉と、ぱん、という少し軽めの破裂音が同時に聞こえた。


「なんだ!」


 セルゲイが首を回し、女海賊たちが慌てて腰を浮かせた。

 騎士が水平線に目を凝らすよりも先に警告が飛ぶ。


「〈鯱〉だッ! 〈海豹女(セルキィ)〉号へ急げ!」


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