24、竜騎士と片脚の男(1)
釣りに出る者、煮炊きをし、うまそうに頬張る者、会話を楽しむ者、服を交換する者など、〈花の都〉がだんだんと活気づくのに、セルゲイは目を細めた。まるでお祭りだ。
そうして生命の誕生を喜ぶ人々もまた、誰かに望まれて生まれてここまで生きてきたのだろう。それは失った友人たちも、おそらくセルゲイ自身も。
そう考えると鼻のあたりがつんとしてきたので、セルゲイは顎を水平線に向けた。
もしかしたら。騎士は自分の想像力を呪った。俺の家族も今、同じ気持ちをしているんだろうか。
九つになったセルゲイがドーガス子爵の元に送り出されたとき、自分は家族から棄てられたのだと思った。要らない子だと思うからこそやんちゃも繰り返した。その孤独感を埋めたくて師や同門生、または女の子など、いつでも誰かの隣を求めたのかもしれない。しかしどうだろう。本当に忌み子として棄てられたのなら、家族は子爵家を度々訪れたり、ましてや御前試合に応援など来ないはずだ。だめだ。セルゲイの目じりから熱いものがつうっと落ちていった。
水平線にほど近いところで空色が白く溶けている。
まばゆくて、それでいてどこまでも透明に見える。キールヴェクの髪にそっくりだ。
彼のように恐れようが騎士のように怯えまいが、死の瞬間はある日突然に与えられてしまう。
それがいつかは誰にもわからない。生とはかくも不確かなものなのか。
「俺、なんで生きてるんだろう。笑えてるんだろう」
それで、やりきれなさがぽつりと口から出てしまった。
「あら、笑っていいのよ。おめでたいんだから」
「アン」
焚き火を囲み向かい合って腰を下ろしているユラムの、そして、いつの間にか現れていたアンの視線が騎士の額に刺さっていた。
里の喧噪から少し離れたここは、少しの静謐さに守られていた。だからかもしれない。喉に詰まっていたもの、胸にわだかまっていたものを吐き出してしまったのは。
「俺さ、親友の人生を壊して、同僚の友だちを亡くして、主には真実を言わないで。国家元首の命から背いて。正義だの、騎士の十戒だの言うくせに、人生ずっと間違ってばっかりだ。〈鯱〉の奴らと変わんねえ。こんな俺だからデ・リキア卿に裏切られて利用されたんだ」
気づけばセルゲイは、本音をひっくり返していた。零すどころではない。
セルゲイが俯いた先でぱちりと焚き火が爆ぜて、黒く炭化した薪が崩れ落ちた。
「あんた、それでよく生きてるわね、セルゲイ」
「どっちかってーと、まだ死んでないだけだ」
騎士が自嘲に頬を歪めると、アンは目に見えて焦った。
「違うわよ。えっと――」
「よく、腐らず真面目に生きてきた。そう言いたかったんだろ、アン?」
「そう、そうよ!」
うんうん、と頷く海賊娘の隣で、ユラムは自分の膝に肘を預けた。
「オレもあるぜ。裏切られて、心をずたずたに引き裂かれたことが。お前みたいな正直で責任感のある男は、そんなことはしないんだろうな」
焚き火に青い目を焼きながらユラムが流し目をくれて、セルゲイはどきりとした。
「か、買いかぶりすぎだって」
「いや、お前こそが本物の騎士だよ」
騎士が本心から恐縮すると、ユラムは拾った小枝を焚き火の中に放り投げた。
炭が爆ぜて、新入りを激しく歓迎する。
「騎士なんて奴ぁ、そのうち正義を忘れて名誉にしがみつくんだ。金の臭いがぷんぷんする書類上の栄光によ。けどお前は違う。善悪を常にはかっている。それがいいんだ。常に正解なんか選べない。選べるはずが無いんだ。選んだあとしばらく経って、あれは正解だったと思えればいいほうだ」
「そっか」
セルゲイが素直に感心すると、ユラムは俯いたまま金の前髪を丁寧に耳にかけ直していた。
その仕草と彼女の切れ長の目元に見蕩れてしまう。睫毛など、金の針のようだ。
太陽のような金髪と、海の瞳。誰にも媚びることのない、凛とした佇まい。
それがとてつもなく輝いて見えるのは、彼女が女であると知ったからだろうか。
そしてこの既視感はなんだろう。わからない。とにかく瞳が吸い付いて離れない。
よく見れば、日焼けした肌はぱんと弾けそうな若さを湛えている。
いくつだろう。ぼんやりと考える。そういえば、年齢を聞いていない。自分と同じぐらいか。
セルゲイが一心不乱に見つめていたユラムの、細い喉が低く掠れた。
「神様の気まぐれにいちいち付き合ってられない。けど、生かされているとは思う。あの日、オレとアンを出会わせてくれた。契約ができた。だからオレは今、こうして生きている」
「契約――?」
耳慣れない言葉と、ぱん、という少し軽めの破裂音が同時に聞こえた。
「なんだ!」
セルゲイが首を回し、女海賊たちが慌てて腰を浮かせた。
騎士が水平線に目を凝らすよりも先に警告が飛ぶ。
「〈鯱〉だッ! 〈海豹女〉号へ急げ!」




