【コミカライズ】殿下、ご心配には及びませんわ? 隣国の王太子様に溺愛されて幸せですので。
新作の短編を投稿しました。
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「セイディ・ランロッド! 貴様が嫉妬に狂い、私の愛するローラに友人を使って虐めを働いたことは分かっている! そんな女をこの国の王太子妃にするなど以ての外! ……そのため、この場を以て貴様との婚約を破棄する! そして、私はここにいるローラ・ヴァンヌ男爵令嬢を新たな婚約者とする!」
王立学園の卒業パーティーで、アルダナ王国第一王子──ガーディアスの高らかな宣言が会場に響き渡った。
その中で婚約破棄された張本人──セイディは動揺を必死に隠して、出来るだけ冷静な声色で対応した。
「私の友人たちは皆素晴らしい方々です。そんな友人たちを貶めるような発言はお控えください」
「嘘をつけ! ローラが私と話すたびに、貴様の友人がローラを呼び出し、『男爵令嬢ごときが調子に乗るな』だの、『セイディ様の婚約者に色目を使うな、アバズレ』など、色々と言ったそうじゃないか! 昨日なんて『天罰を下してやる』と脅迫まがいなことをローラは言われたんだぞ! 全ては貴様が指示をしたんだろう!?」
「セイディ様……いくら私が疎ましいからと言って、ご友人を使って虐めるなんて酷いです……! どうか罪を認めてください!」
「ローラ、なんて豊満なむ……じゃなかった!……泣かないでくれ……!」
(今、豊満な胸って言おうとした?)
ローラは、ガーディアスにもたれ掛かりながら、ハンカチで目を拭った。
その目には一滴たりとも涙の姿はないが、どうやらガーディアスは泣いているものと思っているらしい。……見事なほどに、ローラの開いた胸元にしか目がいっていないが。
「殿下、全く身に覚えがございません」
「白を切るつもりか!!」
「白を切るも何も、私の友人にはそのような下品な言葉を使う方はおりません。……そもそも私が友人に指示し、友人がヴァンヌ様を虐めたという確たる証拠はあるのですよね?」
「……そ、それは……! ローラの言葉が証拠だ! 彼女が嘘をつくはずないだろう!」
何をもってしてローラが嘘をつかないのかも分からなかったが、セイディはあまりに呆れてしまって声が出なかった。
ガーディアスはローラの肩を力強く抱きながら、空いている方の手でセイディにビシッと指を差す。
「ともあれ……貴様の悪行も私のことを好いてのこと。……そこでだ、貴様がローラに心から詫び、これから彼女を虐めないのであれば、側室として私の傍に置いてやろう! 貴様は仕事だけはそれなりにできるからな!」
「は?」
予想だにしないガーディアスの発言に、セイディはあわや扇子を落としそうになる。
そのとき呆れが怒りへと姿を変えたが、それはすぐさま悲しみへと形を変えた。
(私の今までって何だったのでしょう……)
ガーディアスの婚約者になってからというもの、朝から夜まで妃教育の日々で、セイディにほとんど自由なんてなかった。
将来王太子妃になる身として交友関係も慎重にならざるを得ず、特に異性関係には気を遣った。
周りにあらぬ誤解をされないため、長時間話したり、二人きりになったりはしないよう気を遣ったものだ。
(本当は、もっとあの方と話したかったけれど)
それに加え、あまり頭が良くなかったガーディアスのため、彼の公務の手伝いをして寝不足になったことも一度や二度じゃない。──だというのに。
「セイディ様お認めください! 今すぐ謝れば許して差し上げますから……!」
「ああ、何てローラは慈悲深いんだ……。流石私の愛する女性……心優しいローラよ……」
うっとりとした目でローラを見つめるガーディアスは、彼女の肩を抱いていた手を下に滑らす。
ローラの丸い尻に手を這わせ、「やだぁ、殿下ぁ」「ローラが可愛過ぎてついなぁ」なんて話す二人に、セイディは耳を塞ぎたくなった。
この雰囲気から察するに、自身が必死になって仕事をしている間に、婚約者のガーディアスはローラとよろしくしていたのだろう。
──そう、よろしく、だ。おそらくベッドの上で。
(互いに愛はなかったけれど……将来良いパートナーになれるように、共にこの国を発展させていけるように、頑張ってきた、つもりだったけれど。ここまで愚かな人だとは思わなかったわ)
ガーディアスに対して、ほんの少しの希望さえ持てなくなったセイディは、決意した。
「婚約破棄の件、かしこまりました」
「あ、ああ……。え、えらく素直ではないか! ま、まあいい。次は謝罪だ! 私の気持ちが変わらぬうちに、さっさとローラに謝罪するが良い!」
「──嫌です。謂れのない罪で謝罪したくありませんし、殿下の側室になるのは死んでもごめんですわ」
「…………。は?」
ガーディアスの今の表情はまさに、鳩が豆鉄砲を食ったような感じだ。
しかし、セイディはなんだかスッキリした気分だった。
今までガーディアスの婚約者として割いた時間、失った日々は戻ってこないけれど、あの日々も自分を磨き、人として成長するためのだったのだと考えれば、そう悪くはなかったかもしれないと思えてくる。
もちろん、強がってそう思い込もうとしている部分もあるにはあるが。
もはや脳内にガーディアスは居なくなったセイディは、凛とした瞳で元婚約者を見つめる。
すると、その力強い瞳に気圧されたのか、ガーディアスは焦りと苛立ちが混沌とした表情をしながら、自身の後方に待機する騎士に大声で怒鳴りつけた。
「お前たち何をしている! この女はローラを苛めるだけでなく私のことも侮辱した……! 直ぐに捕らえよ! 牢屋にぶち込んでやる!!」
「……!?」
ガーディアスの発言に、騎士たちはセイディに近付いてくる。
セイディを哀れんでいるのか、ガーディアスに反発心があるのか、気乗りをしない顔をする騎士たちだったが、立場的に命令には背けなかったのだろう。
目の前に迫る騎士に、セイディは口をきゅっと結び、同時に力強く瞼を閉ざした。
「…………っ」
しかし、騎士の手がセイディに届くことはなかった。
「──彼女に触るな」
「……っ!」
聞き覚えのある低い声に、セイディはパッと目を開ける。
そこには、見覚えのある漆黒の髪と、酷く安心する広い背中をした彼の姿があったのだった。
「どうして、ユリウス殿下が──」
セイディと騎士の間に割って入ったユリウスはゆっくりと振り返ると、穏やかに笑ってみせた。
「以前言っただろう? “いずれ、セイディ嬢を悲しませる奴らを徹底的に潰して、貴方を救ってみせるからね”って」
◇◇◇
セイディが最上級生に進学した頃。
転入してきたばかりの一つ年下の女子生徒──ローラとガーディアスが出会い、恋に落ちたことにより、彼女の運命は大きく狂い始めた。
ガーディアスとローラは人目を憚らず話したりくっついていたりしたので、それはたちまち学園内で噂になり、多くの生徒から同情の目を向けられて学園生活は居心地の悪いものとなった、のだけれど。
ユリウスの存在は、セイディの心を強く支えてくれた。
──ユリウス・シュナイダーは、隣国の王太子だ。
ローラが転入してくる半年前に、一年という期限付きでアルダナ王国の王立学園へと留学してきた。
クラスメイトだったからか、ユリウスは事ある毎にセイディに話しかけ、気遣いの籠もった言葉をくれた。
『セイディ嬢、こんにちは。そろそろテストがあるけれど、勉強は進んでる?』
『無理をしていないかい? 貴方はいつも頑張り過ぎるから』
『毎日お疲れ様。妃教育は大変だろう? 本当に、よく頑張っているね』
ときにはユリウスの母国──魔法大国シュナイダーで発展していると言われる魔導具の話や、自身のちょっとした恥ずかしい話をして、笑わせてくれたものだ。
端正な顔立ちに加えて、学業も優秀で、性格も良い。博識であり、話題の選び方も上手だ。
それでいて、ガーディアスのように性的本能を全く感じさせないのだから、まるで絵本の中の王子様のような人だと、セイディは感じていた。
──それに頭の片隅で、ガーディアスではなく、ユリウスが婚約者だったら良いのにと、考えたこともあった。
(……けれど、この恋は実らない。そもそも、願うべきじゃないわ)
セイディはガーディアスの婚約者だ。ガーディアスを支えるため、この国をより良くするために、今まで頑張ってきたのだ。
誰よりも真面目で責任感の強いセイディは、人生で初めて芽生えた恋心に、すぐさま蓋をした。
──いずれ、セイディ嬢を悲しませる奴らを徹底的に潰して、貴方を救ってみせるからね。
だから、そんなユリウスの言葉も、ガーディアスに浮気された哀れな自身への、励ましの言葉だと思っていたというのに。期待してはいけないと、思っていた、のに。
◇◇◇
「あ、あれは、ユリウス殿下が私を励ますための、冗談だったのでは……?」
「こんなこと冗談でいうほど、私は軟派な男ではないよ。そこに居る、愚かなガーディアス殿下とは違ってね」
穏やかな声色なのに、どこか棘がある。そんな声色のユリウスは、セイディに向けていた視線をガーディアスへと移した。
「ユリウス殿下! いくら貴殿でも、私を愚弄するのはやめていただきたい! それに、今私はセイディと話しているのです! 関係のない貴方には引っ込んでいていただきたい!」
ふーふーと鼻息を荒くし、興奮して捲し立てるように話すガーディアスにピタリとくっついているローラは、端正な顔立ちのユリウスに一瞬見惚れていた。
しかし直後、状況的にガーディアスに加担しなければならないと分かったのか、何度も頷いている。
ユリウスはふっと鼻で笑ってから、上着のポケットから何かを取り出したようだった。
「残念だが、私は関係者だよ。……いや、当事者と言ったところか」
「何……!?」
「ユリウス殿下、あの、庇ってくださったことは大変有り難いのですが、これ以上は殿下のお立場も悪くなってしまうかもしれませんから……」
だから、セイディはユリウスに「もう良いのです。大丈夫ですから」と伝えたのだけれど。
「セイディ嬢は本当に優しくて良い子だね。心配してくれてありがとう。……だが、問題ないよ。私は本当に当事者だからね。勿体ぶってもあれだから、早速証拠を見せようか」
ユリウスはそう言うと、ガーディアスたちの方に右手を差し出して、彼らに手の甲を見せた。
そんなユリウスの右手の人差し指にはキラリとした宝石のようなものがついた指輪がはまっている。
一瞬その指輪が見えたセイディは、以前ユリウスから話を聞いたことがあったので「それが、あの……」とポツリと呟いた。
「ガーディアス殿下も多少は知っているだろう? 我がシュナイダー王国が魔導具に精通していることを。この指輪が、その魔導具の一つなんだが」
「そ、それが一体何だと言うのですか……!!」
「きゃんきゃんとうるさい。だから今から、それを見せてあげるよ」
ユリウスがそう言った瞬間、彼が眩い光に包まれた。
セイディを含めた会場の全員がその光に目を瞑ると、次に目を開いたとき、その光景に上擦った声しか出なかった。
「ローラ・ヴァンヌ──貴方が言っていたセイディ嬢の友達というのは、こんな顔をしていなかったか?」
その声は、まるで鈴が転がったときのように、高い。
見上げていたはずの身長はセイディと同じくらいになっており、肩も華奢だ。髪色は漆黒のままだが、艷やかなストレートロングになっている。
セイディは確認するように数歩前に出て、顔を確認すると、声を震わせた。
「ユリウス殿下が……女性の姿に……? もしや、魔導具の力ですか? 声の変化もその魔導具一つで……?」
「御名答。この魔導具には、見た目や声を自在に変えられる能力があってね。魔導具を使ってみせるのは初めてだが、流石セイディ嬢は理解が早い」
「なっ、なっ、なっ!! 何だそれは〜〜!?」
瞠目し、慌てふためくガーディアス。その隣のローラの態度も大きく変わらず、周りの生徒たちの反応も多少違いはあれど、驚いていることは間違いなかった。
しかし、セイディだけは違った。
事前にユリウスから様々な魔導具があることを聞いていたこともあるが、将来国を担っていくであろうガーディアスを支えるために、交易のあるシュナイダー王国の魔導具については可能な限り調べてあったから。
「もう一度だけ聞く。ローラ・ヴァンヌ──貴方曰く、怖い思いをさせてきたセイディ嬢の友達というのは、この顔ではなかったか?」
「は、はい! その顔でしたわ! とっても酷いことを言われました……!」
「……ふっ。確認ありがとう。それと、墓穴を掘ってくれたことにも感謝するよ」
「……は?」
意味が分からないと言うようなローラの声は、先程までガーディアスに向けての猫撫で声とは比べ物にならないくらいに低い。
ガーディアスはガーディアスで、「何を言ってるんだ?」と呟いており、何も分かっていないようだ。
そんな二人の様子に、呆れたような顔をしたのはユリウスだけでなく、セイディもだった。
セイディはユリウスに発言の許可を得てから、ガーディアスとローラに向き直った。
「先程貴方たちは私が友人に指示し、ヴァンヌ様を虐めたと言いましたが、有り得ないのです。何故なら私は侯爵令嬢で、その友人だと言われている人物はユリウス殿下──他国の王太子なのですから、私が命じることなど、できるはずはないのです」
「「……!?」」
流石にこうも丁寧に説明されては、頭の弱い二人でも理解出来たのだろう。
しかし、ローラが冷や汗をかく中で、ガーディアスは引かなかった。
「だがさっきの様子だと、貴様もユリウス殿下が魔導具が発動するところは見たことがなかったのだろう!? ユリウス殿下だと知る前に、女性の姿をした彼……? 彼女……? んん! ややこしい! とりあえずさっきの女と友人になり、指示をしたのだろう! どうだ!」
どどーんという効果音が付きそうなほど、自信満々に話すガーディアスだったが、セイディは「本当に知らないのですね……」と呟いて額を抑える。
いつの間にやら元の姿に戻ったユリウスに「大丈夫かい?」と心配されたセイディは、「大丈夫ですわ」と返してから、鋭い視線をガーディアスにぶつけたのだった。
「残念ながら、それは有り得ません」
「ど、どうしてだ!! 言い訳は──」
「私は殿下の婚約者になってから、親しくなりそうな人物には事前に身辺調査をさせてほしいという説明し、問題がなかった方と友人になっていただいています。かつ、私はこの国の貴族の方の顔と名前は覚えておりますので、そもそもそこに当てはまらないような方と友人になることなんて有り得ません。素性が分からない方とは友人どころか、関わることもないでしょうね」
と、セイディは堂々と言ったものの、もしやユリウスに対して怪しいやつ、と言ったように聞こえていたらどうだろうかと不安が押し寄せてきた。
(そ、そんなつもりはなかったけれど、どうしましょう……!)
セイディは隣のユリウスを不安げな瞳で見つめる。
するとユリウスはそんなセイディに気が付くと、顔を覗き込むように腰を折って、彼女の耳元で囁いた。
「大丈夫、ちゃんと分かっているよ」
「……っ」
「顔が赤いね。こんなに可愛い貴方を他の人間に見せたくはないから、早くこの茶番を終わらせてしまおうね」
(……こういうところが……! あまりにも……格好良すぎて……っ、うう、顔がニヤけてしまうわ……っ)
セイディは両手で自身の顔を覆い隠すが、どうやら耳まで赤くなることは知らなかったらしい。
彼女の真っ赤な耳を愛おしそうに見つめたユリウスは、仕上げに入ろうかと、ジャケットの内ポケットから、新たな魔導具を取り出した。
「因みにこの魔導具には映像と音声を記録する能力があってね。私が姿を変えてローラ・ヴァンヌと話しているときのことが全て記録されている」
そのとき、ローラは面白いくらいに肩をビクリと揺らした。
その姿に、冷静さを取り戻したセイディは聡明故に殆どのことを理解した。
「ガーディアス殿下、この魔導具を後で確認すればいい。いくら貴方でも中身を確認すれば真実が──セイディに罪がないことは分かるはずだ。それと、自分がどれだけ愚かだったのかということも」
「なっ……! また私を愚弄する気ですか……! ……って、待て! 何を……!!」
今まで一度もまともに触れたことがなかったユリウスの大きな手が、セイディの小さな手を包み込む。
セイディは出来るだけ冷静に思うものの、心臓の高鳴りが止まらなかった。
「せっかくの卒業パーティーだが……聡明で美しく、心優しいセイディ嬢が見世物になっている状況に、そろそろ私が耐えられないから失礼するよ。セイディも構わない?」
「は、はい……!」
「なっ、待て……! おいセイディ……! 謝らなかったことを後悔するぞ……!」
幸せな手の温もりに水を差すような醜いガーディアスの声に、セイディは既に歩き出しているユリウスに声を掛けて止まってもらう。
そして、くるりと振り返ると、冷たい声で言い放った。
「────」
◇◇◇
直後、ガーディアスは会場から居なくなったセイディとユリウスに苛立ちと困惑を感じながらも、直ぐに渡された魔導具を使用した。
そしてその映像と音声に、ガーディアスの瞳には絶望が滲んだ。
『ローラ様。ガーディアス殿下とセイディ様は婚約をなさっていますから、あまり過度に接触するのは……』
『これ以上はご実家に影響が出る可能性も考えていたほうが……』
『どうか私の忠告を、少しでもお心に留めていただけますと幸いです』
聞いていた話とは違い、セイディの友人だと思っていた人物──ユリウスは、ローラを貶したり、脅したりなどしていなかった。どころか、言っていることは至極当然のことで、むしろ優し過ぎるほどだ。
しかし、それに対してローラは憤怒の如く捲し立てた。
『あんたが誰か知らないけれど、私に偉そうなことを言わないで! あ、分かったわ! あんたもしかして、セイディの取り巻き? 命令されて、私に文句を言いに来たのね? あの女……私がガーディアス様から愛されて、将来王太子妃の座を奪われるのが怖いのね! だから私に身を引かせたいんでしょう? でもざーんねん! ガーディアス様は私の虜だもの。このことも上手く報告すれば、仕事するしか取り柄のない女との婚約も、そろそろ破棄するんじゃないかしらっ! ほんとはあんな下心丸出しの馬鹿王子じゃなくてユリウス様の方が良かったんだけれど、贅沢は言えないものねぇ』
そこでブチンと映像と音声が途切れると、ローラはストンとその場に尻餅をついた。
「──ガーディアス様、こ、これは違う……っ、違うんですぅぅぅ……!! 私は酷いことを言われてて……っ、殿下を心からお慕いしていてぇ……! こんなの、全部嘘よ……!! 嘘よぉぉぉ……!!」
会場内の生徒たちの中には、誰一人ローラの言い訳に耳を傾ける者はいなかった。
それはガーディアスも同じようで、真実を知った彼は、その場で膝を突いた。
ローラに対する怒りはもちろんだが、これからの自身の人生が暗転することを理解した絶望のほうが大きかった。
「後悔するのは……私の方だったということか……?」
その後、此度の一件の全ては、国王とセイディの父──ランロッド侯爵に伝わることになり、ガーディアスは廃嫡となった。
もちろん、セイディとの復縁など、ランロッド侯爵と、あの男が許すはずがなかった。
そんなガーディアスは、かろうじて王族からは除籍されずに済んだものの、国王とあの男からの命で、激しい戦いが行われている辺境地へと一兵卒と同じ扱いという条件付きのもと送られたらしい。
特別扱いもされず、ベッドの中で女と戯れることもできない生活に、後にガーディアスは、これならば王族から除籍されて自由に暮らしたほうがマシかもしれないと零していたという。
そして、ローラの生家であるヴァンヌ男爵家は取り潰しとなった。
新たに住む土地は、あの男が選定したという、国で一番貧困した環境にあり、王太子妃になる者が暮らす場所とは対極にあるような、そんな村だった。
ガーディアスとローラは、文字通り、徹底的に幸せな未来を潰されたのだ。
◇◇◇
セイディは現在、ユリウスに招待されて彼が住まう屋敷の庭園に訪れていた。
というのも、卒業パーティーの後、セイディがユリウスの馬車で自邸まで送ってもらっているときのこと。
『今日は疲れているだろうから、後日に話をする時間を作ってもらって良いかな?』と彼に言われ、セイディはそれを受け入れたのだ。
そして、今日。卒業パーティーの二週間後の晴天の日、セイディは招かれた庭園でメイドたちにもてなされ、ユリウスの真向かいに座ると、ティーカップに口をつける。
「珍しい……カンヤムですね。とても美味しいです」
「それは良かった。以前、セイディ嬢が気になると言っていたから、取り寄せておいたんだ。喜んでくれたなら嬉しいよ」
「……っ、わざわざ、ありがとうございます、ユリウス殿下。それに、改めてお礼を言わせてください。卒業パーティーで助けてくださり、ありがとうございました」
ティーカップをソーサーに戻し、深く頭を下げたセイディに、ユリウスは首を横に振った。
「セイディ嬢、確かに私はあの場で貴方を助けたけれど、お礼を言われるようなことではないよ」
「何を仰るんですか……! ユリウス殿下がいなければ、私はあの場で捕らわれていたかもしれません。そうでなくとも、悪女の烙印を押されて、ただただ婚約破棄をされたかもしれないのです……。お礼くらい、伝えさせてください……っ」
映像と音声の証拠のおかげもあって、セイディに非がないことが明らかになったため、ガーディアスからの婚約破棄は却下された。
その代わりにセイディ側から婚約の解消を申請し、それが通ったのが一昨日だっただろうか。
セイディが眉尻を下げていると、ユリウスは降参だというように、両手を上に挙げた。
「分かった。そんなに泣きそうな顔をしないでくれ」
「も、申し訳ありません……」
「いや、とりあえず菓子でもどうだ? シェフが腕によりをかけて作ると言っていたから、食べてあげて」
せっかく作ってもらって口をつけないのはマナーに反する。
セイディはユリウスに言われるがまま菓子を口に入れて堪能すると、「あの」と口を開いた。
「魔導具で証拠を残してくださったこともそうですが、ヴァンヌ様に注意してくださったこと、とても嬉しかったです。私のことを心配してくださったんですよね?」
セイディがそう問いかけると、ユリウスは控えめに笑うだけで何も言わなかった。
その様子にセイディは一瞬思案してから、話を続ける。
「それに、会場から連れ出してくれてありがとうございました。殿下は見世物にさせたくないと仰っていましたが……映像と音声を私が見たり聞いたりしないようにという理由も、あったのではないですか?」
「…………。流石セイディ嬢。良く気づいたね」
「ふふ。何となくですが。それに、魔導具で録画、録音されていると知ったときのヴァンヌ様の顔を見たら、大方の予想がつきましたわ」
ヴァンヌの反応から、彼女が嘘をついていると想像するのは容易かった。
それに、セイディはそれなりにユリウスのことを知っている。彼がいくらセイディを可哀想だと思ってくれていたとしても、下品な言葉を使わないことは分かり切っていた。
つまるところ、ヴァンヌは姿を変えたユリウスに注意されただけで、それを虐めだと騒ぎ立てたのだろう。
女性の姿になったユリウスをセイディの友人だと勘違いしたのか、そう思い込もうとしたのかは分からないが、どちらにしても、セイディを糾弾するいい材料だと思ったのかもしれない。それに。
「あのときヴァンヌ様は、私の悪口も言ったのではないですか? 仕事にしか能がないとか、仕事を無くしたら何も残らないとか。……ユリウス殿下は、それを私が知らないように配慮してくださったのでは?」
「……ときに聡明すぎるというのは考えものだね」
足を組み替えながらそう言うユリウスに、セイディは小さく頭を下げる。
「……しかし、一つだけ分からないことがあるのです」
そして、真っ直ぐな瞳をユリウスに向けたセイディは、ゆっくりと口を開いた。
「ヴァンヌ様に注意される際、何故わざわざ魔導具を使って女性の姿になったのですか……?」
セイディが疑問を伝えると、ユリウスは気まずそうに笑ってみせた。
「……私が女性の姿で注意すれば、王太子妃の座を狙っているローラ・ヴァンヌは、必ずそれを貴方を蹴落とすために利用すると思ったからだよ」
「……!」
「ことがうまく行けば、ガーディアスがセイディ嬢との婚約を破棄するんじゃないかとも、思ったんだ」
「まあ、流石に卒業パーティーで婚約破棄を宣言するとは思わなかったけどね」と囁いたユリウスは、申し訳無さそうに眉尻を下げていた。
今の話だけを聞けば、まるでユリウスが、セイディが婚約破棄されるように仕組んだ犯人だというように聞こえる。
そんなユリウスを、セイディは何も話すことなく、ジィっと見つめる。
「それに私は、セイディ嬢が婚約破棄を宣言されたとき、すぐには助け舟を出さなかった。同じ会場にいた私は、直ぐに助けることができたのに。……何故だと思う?」
「そ、れは……えっと……」
ユリウスは今まで、セイディのことを格段に気遣い、優しくしてくれた。
そんなユリウスが敢えて助けるのを遅らせた理由など分かるはずもなく、セイディが「教えてください」と意を決して伝えると。
「セイディ嬢自らの意思で、ガーディアスを見限ってほしかったからだ」
「…………!」
「貴方は誰よりも真面目で、責任感が強い。我慢をすることにも慣れてしまっているだろう? だから、自分の意思で元婚約者を見限らなければ、前に向けないと思った。前を向いて──新しい恋をするつもりに、なれないと思ったんだ」
「それって…………」
そのとき、セイディの心の中に小さな期待が生まれた。
(きちんと、蓋をしておいたのに……っ)
ユリウスの言葉は、セイディの覚悟を、いとも簡単に壊すのだった。
「私はね、貴方を救うと言いながら、自分の都合を優先したんだよ。……セイディ嬢が、欲しかったから」
「…………っ」
ぶわりと、顔が赤くなるのが分かる。
つまり、ユリウスの行動の全ては──。
「婚約者がいるセイディ嬢に素直に思いを伝えても叶わないことは分かっていた。貴方はそういう人だから。ガーディアスから無理矢理奪っても、心の何処かにあの男が残るのかと思ったら、それも許せなくて……だから私は──」
「……あ、あのユリウス殿下……っ、その、先程から聞いていると、何だか私のことを好き、だと、言っているように、聞こえるのですが……!!」
もしも、この期待が勘違いだったらまた蓋をしなければ──そう思ったら、疑問はセイディの口から飛び出てしまっていた。
一瞬目を見開くユリウス。セイディはもしや盛大な勘違いをしているのかと顔を真っ赤にすると、そんなセイディを視界に捉えたユリウスは、愛おしそうに笑ってみせた。
「そうだ。……私はセイディ嬢を愛していると、そう言っている」
「…………!! 冗談では、なく……?」
「私はこういうことを誰にでも言うような、軟派な男じゃないよ。留学してからずっと……セイディ嬢のことが好きだった。真面目で、責任感が強くて、努力を惜しまない貴方を甘やかすのは私でありたいと、ずっと思っていた」
「〜〜っ」
そっとユリウスの手が伸びてくる。節ばった大きな手が、セイディの頬をそっと撫でた。
「セイディ嬢、嫌なら撥ね除けて。拒絶しないと、このまま我が国に攫ってしまいそうだ」
甘い声色でそんなふうに囁かれ、熱を孕んだ瞳で見つめられたが最後──固く閉ざした蓋はいつの間にか開いて、そして小さな恋心は解き放たれた。
「私も、ユリウス殿下をお慕いしています。一生言うつもりはなかったのに……責任、取ってくださいね……?」
「そんなことを言われたら、一生手放してあげられないな」
一旦手を離して立ち上がり、セイディの隣にまで歩いてきたユリウスは、もう一度セイディの頬に手を滑らせる。そして。
「ごめんね。私の愛は多分、重たい」
「けれど、貴方を愛する気持ちは誰にも負けないよ」と、そう言って顔を寄せるユリウスに、セイディは卒業式パーティーの最後にガーディアスに告げた言葉を内心で呟いて、そっと目を閉じた。
──ご心配には及びませんわ、と。
読了ありがとうございました!
◆お願い◆
少しでも面白い、二人が結ばれてからの甘々なお話も読みたい、『殿下、ご心配には及びませんわ!』と思った方は
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