第5章 36(子どもたち)
はてしなく続く平野を走る一団に、犬の吠え声が迫る。それから、耳を澄ませる余裕があれば、馬のいななきと、馬車が高速でぬかるみをひきさく音も。
翠瑠が転んだ。助け起こそうとしたロンテも足を滑らせ、泥まみれになった。
仲間たちの進みが止まるのが嫌で、ロンテは呻いた。
「大丈夫だから。先に行って!」
「馬鹿野郎、そんなことができるか!」
拓が叱りつけた。
ロンテは怒りのあまり、汚れたアオザイを強く引っ張った。
「こんな服! 走りにくいったらありゃしない!」
振り向くと、松明がちらちら揺らめいているのが見えた。もし追いつかれたら……想像するだけで背筋が凍る。
ロンテは翠瑠と共に立ち上がり、かぶりを振った。
「ごめん。もう平気」
騒動の傍ら、藤が来た道に火薬の一部を転々と置いていた。
「何やってる」
千暖が気づいてそっと尋ねる。
「足止め」
短く答え、藤は顔を上げた。
「踏めば爆発する。華さんがくれたの」
しきりと後ろを気にする由迦の腕を掴んで前方注意を促しながら、藤は答えた。
「よく没収されなかったわね」
「隠しておいたからね」
「でもそれ以外は、何もかも持っていかれちゃったね」
千暖は深い溜息をついた。
「ロザリオも短刀も、薬だって。唯一残ったのは、ほんのちょっぴりの銅貨だけ」
「ロザリオなんて、また作ればいい。薬草だってどこにでも生えてる。何とかなるよ、きっと」
前を行く英和が会話に加わった。時折、背後で爆発音が聞こえる。
「僕は銃を持ってるよ」
「そうか、あいつらにもらったんだっけ」
「由迦は? 何かある?」
「秀の飴……後で、皆で回そうか」
「ああ、いいじゃない。楽しみだわ」
「でも、一番すごいのは拓ね。何たって子どもをこさえてきたんだから」
「うるさいな!」
拓が吠える。
「いつの間にか、ついてきたんだよ!」
「可愛い子じゃない。名前は?」
「えっと……分からん」
「落ち着いたら名づけてあげなさいよ。本当の名前と、洗礼名と、二つ」
東の空が白む頃、犬の声もやっと遠ざかっていった。子どもたちは足を緩める。まだ平野の半ばだが……。
「諦めたかな?」
と英和。
「まだ油断は禁物よ。犬はどこまでもにおいを追えるんだから」
藤が鋭くたしなめた。
「どこまでも逃げるしかないの?」
翠瑠と手をつないだロンテは、これに首を振った。
「森の中に入りましょう。今まで暮らしてたような森へ。身を隠す場所があるし、今までよりずっと有利になるわ」
はるか北に、黒い山々が見えた。ロンテは額に手をかざし、その吸い込まれるような山稜を見つめる。
「もう少し頑張ろう。ね……」




