第5章 35 子どもたち
拓が呟く。
「何だか、怪しいな」
「うん」
「ロンテたちは大丈夫かな……」
その時、小さく戸を叩く音がした。
「拓、英和。そこにいる?」
千暖だ。
「おう、どうした?」
「ここから逃げるわよ。理由は分かるでしょ?」
戸を開けると、着飾った千暖が汗を滲ませて立っていた。
「皆は?」
「他の子たちは先に逃がした」
三人は足音を忍ばせ、庭を進んだ。
「あいつら、私たちを遊郭に売るつもりだわ。今頃その金勘定をしてるのよ。だからこんな格好を……」
「しっ!」
獣のうなり声がした。凍りついた三人は、脇目もふらず走り出した。
拓は子どもを背負い、息をきらせてついてくる。
順化の城壁をよじ登り、先に逃げていた仲間と落ち合った時には夜中を超えていた。
「順化にいるのは危険だ。遠くへ逃げよう」
「でも、志毅がまだ残ってる」
「しっ! 誰か来る!」
兵士が見張っているはずの門を堂々とくぐり抜けてきたのは、志毅だった。
「どこにいたの?」
ロンテの詰問に、志毅は目を細めてのんびりと答えた。
「兵士になってた」
「はあ……」
志毅は志毅で、大変だったらしい。
「でも良かった。行きましょう。あいつら、すぐに追いかけてくるわ」
「あー……待って」
志毅はロンテを止めた。
「僕は順化に残るよ」
全員が驚いた。
「ど……どうして!」
志毅は照れていた。
「夢を見たんだ。フランス人の司祭様がいて、僕に言った。順化に残れって。どうしてもここにいなきゃいけないって」
「な……何を馬鹿なことを言ってるの?」
「それに、もう宮廷の警護兵の中に数えこまれちゃったから」
信じられないという顔をしたロンテの腕を、千暖が優しく取った。
「いいわ、そこまで言うなら順化に残って、志毅。落ち着いたらどうにかして連絡を取るわ」
「千暖!」
「言い争ってる時間はないわよ」
渋々了承したロンテは、最後に志毅の手を握り、決然と言った。
「行きましょう」




