第5章 31(由迦(アンヌ))
拓が子どもを見つけたのと同じ頃、由迦は別の市場を回っていた。自分のお小遣いと、ロンテから預かった分が、懐でちゃらちゃら音をたてている。
前方から歩いてきた三人連れの少女たちが、すれ違いざまに由迦の全身をさっと眺め回し、けらけらと笑いながら遠ざかっていった。由迦は思わず自分の衣の毛羽立ちをつまみ、肩に掛かる髪をなでつけた。
あの子たちは、すごく華やかだった。ぼんやりとした羞恥が由迦の心に降り積もる。花びらや木の葉、鳥の羽などの刺繍をふんだんにあしらった光沢のある衣に、耳元で光る銀細工の飾り、きっちりと結い上げた黒髪は一本も乱れていない。手に提げた竹かごにどっさりと盛られた果物も、つやつやと宝石のように輝いてみえた。
それに比べ、自分はどうだろう。おざなりに束ねた髪に油をつけたのは、一体、いつのことだっただろうか。粗末な衣にはいくつもかぎ裂きや虫食いができてしまった。テトの祭りで買ったお気に入りの簪は、もうどこにやったのか分からない。
髪を編み上げて、あの簪を刺してさえいれば、自分はなかなか可愛いと思い込むことができたのだけど。
気後れを募らせながら歩いていると、自分と同年輩の女の子ばかりが目についた。どの子も美しく、自信たっぷりに闊歩しているように見えた。中には、大人ばりに白粉と紅を顔に塗った子もいた。高価な装飾品を、簡単に買える都の子たち。やっぱり皆、お大臣様やお金持ちの娘なのだろうか。
自分がもし、順化の身分が高い家に生まれていたら。幼い頃から何度も漠然と描いた夢だ。実際に都に来て、甘美な空想が真に迫ってきた。あの子が来ている茜色のアオザイが、貴重な宝石を散りばめた帯や簪が、自分の物だったら。市場に並ぶパパイヤを、西瓜を、レイシを気の赴くままに買えたら。聖歌隊の皆でめいっぱいおしゃれして、瑞々しい果物をお腹いっぱいほおばれたら__どんなに幸せだろう。
しかし現実の由迦は、みすぼらしい格好で、たった一人で立ち尽くしている。
誰かに背中を押されて、由迦は慌てて道を譲った。振り向けば、水売りの男が舌打ちをして、ぐずな由迦を睨んで行った。
いつだってこうだ。邪魔にならないように道の端を選んで歩き、それでも周囲に急かされる。自分ばっかりぐずで、皆の足を引っ張っている。仲間たちは、決してそんなことを面と向かって言わないけれど。由迦だって、自分がのろまなことは分かっているのだ。
急いで動いているつもりなのに、気がついたら自分だけ作業の手が遅い。聖句を音読する時、アンヌは長くなるからとすぐに打ち切られた。その上声も小さいから、いつも聞き返される。
『アンヌは声が可愛いな』
聖歌の練習の時、訓に苦笑混じりで言われたことがある。
『セシリアやカトリーヌと一緒に歌うと、かき消されてしまう』
褒められている訳ではないのだとすぐに分かった。困ったようにうなりながら、それでも訓はこう言った。
『無理して声を張らなくてもいい。だが、楽に大きな声を出す練習はしていこうな』
また、秀は、由迦の声が好きだと言ってくれた。誰にも届かないようなかぼそい声だけれど、由迦が話すと必ず耳を傾けてくれる二人だった。
涙が一粒、由迦の目から転がり落ちた。慌てて拭うと、また一つ。こんなに人が沢山居る中で、由迦はとうとう大声を上げて泣いた。失ってしまった人たちを、これほど剥き出しに恋しがったのは初めてだ。
長い時間をかけて涙を乾かした後、由迦はロンテと自分のために飴を一つずつ買った。




