9(朝の集会)
マリアと、恐らく怜にとっては生きた心地のしない夜が明けて、朝露も乾かない早朝に子どもたちは教会に集合した。合唱の練習ではない。司祭から信徒たちに召集がかかり、クレティアンテ中の住人が欠伸をかみ殺しながら教会をばらばらと囲んでいる。
聖歌隊の子どもたちは、三人で固まっていた。もう五人は訓の家にいる。マリアが知らせた不審な男に備え、怜を守っているのだ。訓は他のカテキスタと共に教会の中に入っていった。何故皆が集められたのか、その理由は誰も知らない。
アンヌがずっと震えている。マリアが語った見知らぬ男が怖くてたまらない。
「大丈夫だよ。ここには人がいっぱいいるから、誰も襲ってはこれないよ」
争い事が苦手な為に護衛役にはなれなかったミゲルが、アンヌを慰めた。
「でも……カトリーヌたちは、」
「大丈夫よ、カトリーヌは強いもん。ジャンやトマス、ピエトロだって」
セシリアが何の疑いもない明るい声で言い切った。アンヌの震えが少しだけ収まる。セシリアは、アンヌの滑らかな頬をもちもちと引っ張った。
「そんな顔しないでよ、アンヌ。よく知らないおっさんに怯えるなんて馬鹿馬鹿しいわ。笑って」
「う、うん……」
アンヌは知っている。自分を励ますこの年下の少女も、夕べは怖がっていたことを。セシリアの目の下には隈ができている。マリアに起こされてから一睡もできなかったのだ。
「怜ちゃんと、どんな関係なんだろう」
ミゲルは、顔も知らない男に思いを馳せた。怜を追ってきたのは明白だ。だが、怜の頑なな様子からして、良好な仲とはとても思えない。
「親じゃないかしら。政略結婚から逃げ出した怜ちゃんを連れ戻しにきた、とか」
「人形劇の見過ぎだよ」
「私は……役人かもしれないと思う」
アンヌの意外な予想に、二人は瞬きした。
「役人?」
「借金のかたに怜さんを奴隷にして、自分の妻にしようと企んでいたとか」
「どっかで聞いたことのある筋書きだなあ」
「それで、怜ちゃんには愛し合ういいなずけがいるんでしょう?」
アンヌはうなずく。
ミゲルは、周りを見回した。誰も三人に気を留めていないことを確認してから、小声で二人に打ち明ける。
「真面目な話、訓先生は怜ちゃんを囚人か奴隷だと思ってる」
「えっ!」
驚くセシリアは、慌てて口を塞いだ。
「どうして?」
「怜ちゃんの言う追っ手とは、官吏のことじゃないかって。絶対に今まであったことを話さないのは、後ろめたいからだろうって言ってた」
それに、暗い過去が広まってしまえば、親切なキリスト教徒も流石に庇い立てはしてくれないだろう__そう考えた怜の心境を思って、アンヌは目を閉じた。
「……かわいそう」
「先生は、怜ちゃんをよく思ってないの?」
「分からないよ。でも、十分に気をつけろとピエトロやカトリーヌに言っていた」
「気をつけろってどういうこと? 怜ちゃんが皆に何かすると思っているわけ?」
「静かに!」
アンヌが警告する。
「司祭様が出てくるわ」
彼女の言う通り、教会の中の打ち合わせは終わったようだった。見慣れない西洋人の司祭を先頭に、司祭やカテキスタがぞろぞろと教会から出てきて、一般信徒と向き合った。訓は列の隅にいたが、何故か浮かない顔で遠くを見つめていた。