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第5章 25(子どもたち 3)

 今彼らがやっと辿り着いたのは、順化! 皇帝の住まう都だ!

「何て大きいの……!」

 石の壁の前で由迦は立ち止まった。ぽかんと口を開けた彼女の背中を、千暖が笑いながら押した。

「ほら、とにかく前に進んでよ。日が暮れちゃうわ」

 彼女の顔も明るい。後ろから次々と乗り入れる馬車をよけながら、たまらずぐるぐる周りながら辺りを見回した。

 少し遅れて、ロンテと翠瑠、藤も合流した。

「莫さんたちは?」

「馬車を調達してくるって。英和たちもついていったわ」

 ロンテは藤と翠瑠と腕を組み、歓声を上げた。

「順化! ついに来たのね」

「人が多くて、目が回りそう」

 千暖が言った。

 藤は黙っていたが、よく見ると彼女の頬は紅潮していた。

 一体、どこからこんな沢山の人間が湧いてくるのだろうか。色とりどりの衣を着て、優雅に結い上げた小さな髷を自慢げに振る女たち。一塊になって歩く、黄色い服の官吏たちの側を、やんちゃに騒ぐ幼い子どもたちが駆け抜けていった。ぼうっと立ち尽くす四人の周りでどんどん人が流れていく。

「なんか、変な匂いがする」

 遠慮を知らないロンテが鼻をつまんだ。大勢の人間が集まる所で、汗と食べ物の脂が混ざり合った独特の空気は、仲間たちの故郷にはないものだ。うかうかしていると足を踏まれるほど、他人が近くを歩いていることも。

 千暖はイザベル__怜のことを思い出していた。彼女にとって、順化は忌まわしい思い出しかない場所のはずだ。今自分たちがはしゃぎながら順化にいることを知ったらどう思うだろうか。

「嘉定もね、こんなところだよ」

 翠瑠がちょっぴり自慢げに言った。

「嘉定と順化、どっちが立派なのかしら」

「そりゃあ順化でしょう。皇帝陛下の都だもの」

「でも私は、嘉定の方が好きだな」

 千暖が声を潜めて言った。

「何たって、文懐様がいるもの」

「ああ、ハイハイ」

 藤はつまらなそうに手を振り、門壁に寄りかかった。

 ようやくやってきた馬車に荷物をのせると、商人は自由時間だと子どもたちに告げた。

「夕方まで、都で遊んでくるといい。そら、お小遣いだ」

 銅銭を手のひらにきっかり三枚ずつ落とされ、聖歌隊は驚いた。

「いいんですか?」

「ああ。夕方の鐘が三度鳴るまでには、ここに戻ってくるんだぞ」

 馬車に乗り込んだ随龍が、顔だけぬっと突き出した。

「クメール娘、お前だけは我々と来い」

「え、私?」

 虚をつかれたロンテは間抜けな声をたてた。意図がつかめず、聖歌隊の仲間たちと顔を見合わせる。

「利口なお前には手伝いをしてもらう。今から会う取引相手に挨拶しろ」

 由迦がロンテの肩をつつく。

「私たちも残ろうか?」

「いいわ。私の代わりに、美味しいものを買ってきて」

 三枚の銅銭を由迦に預け、ロンテは馬車の屋根にするするとよじ登った。彼女の腕輪が日光を反射して鈍く光った。

 ロンテと手を振り合い、仲間たちは駆けだした。皆ばらばらの方向へ。



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