第5章 22
翌朝出発する予定の明は、父親と酒を一杯だけ酌み交わした後、夜の森を散歩していた。今夜の酒は口に苦かった。福や秀、子どもの犠牲者が何人も出たことが彼らの罪悪感を強く刺激していた。
嘉定に女や子どもたちを送り届けるのは、その贖罪かもしれない。決して、華についていきたい訳じゃない。自分に言い訳しながら、戦禍の跡生々しい森の中を歩いた。
華は今頃どうしているのだろう。失恋したと自覚しているのに、暇な時は彼女のことを考えている。今は先輩カテキスタと一緒に夜を過ごしているのだろうか。
女の啜り泣く声が聞こえて、明はぎょっとした。ランプで周囲を照らして回ると、逃げようとする物音がした。思わず駆け寄って、着衣の乱れた女を見つけた。
ランプから顔を背ける女の後ろ姿ですぐに分かった。怒りと困惑が頭をよぎった。
「……華さん?」
泣いていた華が、嫌がるようにさらに深く顔を隠した。小刻みに揺れている肩にそっと手を置き、明は恐る恐る尋ねた。
「……何があったんですか?」
華は首を横に振る。彼女が庇う相手と言ったら……
「まさか、訓先生が何かしたんですか!」
華がぱっと振り向いた。明の怒りを静めるように固い指を伸ばす。明の口をそっと押さえて彼女は言葉を絞り出す。
「違う……違うの。私がいけないの……」
明は華の細い手を握った。
「……話だけでも、聞かせてくれませんか」
華はしゃっくりを止めようと深く息を吸った。涙で真っ赤な顔がまた歪む。
「私が……く、訓さんを強引に誘ったから……訓さんは、具合が悪くなって……」
明は黙って華の背中をさすった。華は弱々しい声で、私のせい、私のせいと繰り返している。
「私は……思い上がっていたの。あの人が好きで、あの人も私のことを好いてくれていると勘違いしていた。でも、それは大きな間違いだったのよ。私が、自分の気持ちを訓さんに投影していただけだったの」
明は華を労りながら、訓への怒りを募らせた。何故こんな残酷な真似をした。期待させるだけさせておいて、これほどまでに彼女を傷つけた。
華の心が貴方に向いているとわかっていたからこそ、僕はこの可愛い人への想いを諦めようと決意したのに。
「じ……自分が恥ずかしい」
「そんなことありません」
明の慰めは彼女には届いていない。
「結局私は出来損ないなの。誰からも必要とされない……」
沈んでいく彼女の表情が、明の心を刺激した。明は、前置きなく華を抱きしめた。腕の中で彼女がどんな顔をしていようが、この手は決して緩めない。そう今決めた。いや、彼女に会った時から。
「僕にはあなたが必要です。この世の誰よりも、愛しています。あなたのためなら、命だっていくらでも投げ出せます」
必死に言い募る。彼女が脆く崩れていってしまわないように__。
「どうか、どうか僕の気持ちを受け取って下さい。あの人よりも頼もしい男になります。夫になれなくても、奴隷でいいんです。僕の側にいて下さい。僕の側で……笑って下さい」
華の返事は、小さくてよく聞き取れなかった。だが彼女は、明を抱き締め返し、再び嗚咽した。明は一層きつく華を抱擁した。




