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第5章 21

 答えられなかった。やっとの思いで、彼女にほどかれた衣を被せ、自分は木の根元まで這っていった。


「どうしたんですか?」

 華の労る声が背中にまとわりつく。肩に触れた細い指を乱暴に払いのけ、訓は背中をかがめた。無我夢中で、胃の中の物を吐き出した。

「訓さん」

 彼女の声を聞くと、悪寒が走った。それでさらに吐き気が増し、もどすものがなくなっても訓は喉に手を突っ込んだ。内臓までも吐き出して、その場で倒れて死んでしまいたい。そんな馬鹿な考えが渦巻いた。

 華が悪い訳じゃない。問題があるのは自分だ。そもそも、自分が生まれたのがひどい間違いだった。司祭失格の父親が作った醜い赤子など、生まれた瞬間にねじり殺してしまえばよかったのに。そうすれば、誰も死んだり苦しんだりしなかったかもしれないのに__。

「……華、さん」

 口元を拭い、やっとの思いで振り向く。華が身を後ろに引いた。彼女も涙を浮かべていた。

「俺は……あなたの気持ちに……応えられない」

 華がぐっと息を呑んだ。瞳が揺れた弾みに、涙が一筋頬に伝った。

「……決して」

 これでもう終わりだ。彼女は震える手で衣をおざなりに整え、逃げるように去っていった。おかげで、訓は思う存分幼い頃の思い出に浸ることができた。

 黒い司祭の服を脱いだ宣教師の醜悪な姿。怯える訓が味わった、激しい痛みとしばらく悩まされた後遺症。宣教師の取り巻きに散々笑われた屈辱。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。そう泣き叫ぶかつての自分が、今の訓を厳しく罵る。裏切り者。聖職者失格。地獄に落ちてしまえばいい! あの宣教師や、父親のように。

 分かったよ。訓は自分に答えた。もう、過ちは犯さない。例えひとりぼっちになっても、自分は聖なる誓いを破らない。


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