8(謎の男)
結局その晩、全員が訓の家に泊まった。雑魚寝の一番端に追いやられたマリアは真夜中にふと目を覚ます。家の中は真っ暗だ。誰かのいびきや寝言が飛び交っている。涼しい夜風が恋しくなり、彼女は暖かい家を抜け出した。
今夜は晴れている。満月にほど近い膨らんだ月や、無数の星が森の中の家を優しく照らしていた。ぐーっと伸びをして、マリアは深呼吸した。
明日は、皆と一緒に起きるのだから、寝坊はしないだろう。訓に口やかましく叱られずに済むはずだ__そう考えながら家に入ろうとして、マリアはふと目を細めた。
木々の奥の闇が動いている。
獣か。緊張が彼女の全身を走り抜けた。目が合った__気がした。闇から抜け出し、こちらに向かってくる大きな影。
こみ上げる恐怖を抑えつけ、マリアは近づいてくる者と対峙した。獣ではない。人だ。こんな夜の闇の中、灯りも持たずに。
「誰?」
月明かりの下で、マリアはその顔をはっきりと見た。
知らない男だ。訓よりも年を取っているように見える。意志の強そうな引き結んだ口元に、無精ひげが浮いている。金つぼ眼がぎょろりとマリアを睨んだ。
「ちょいとお尋ねしますが、お嬢さん」
しわがれた声だった。
「旅の女を見ませんでしたか? 顔に二本の大きな傷がある、若い女ですがね」
マリアは息もできないほど恐怖を感じた。だが、まっすぐにその男を見つめ、即答した。
「いいえ。そんな女の人は見ていません」
「本当に?」
「はい。そもそも、知らない人を見たのはあなたが初めてです」
「確かに、この辺に逃げたはずなんだがなあ__」
男は灰色の顔をがりがりとかいた。彼が大きな刀を腰に下げていることに、マリアは気がついた。
「用件はそれだけですか? もう寝たいんですけど」
「ああ、失礼。ゆっくりお休みくださいや」
「どうも……さよなら」
最後に不気味な含み笑いを残し、男は林の向こうに去っていった。彼の姿が消えるまで待って、マリアは家の中に飛び込んだ。大きな音をたてて戸を閉めると、何人かが寝ぼけてぶつくさ言った。マリアはそれに取り合わず、壁にもたれて眠りこけていた訓をきつく揺さぶり起こした。